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[Teleporter]  作者: SoLa
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[第一話]


「いったい、師匠は何を考えてるんだか」

 空港に降り立ち、まず最初に俺の口を突いて出たのはそれだった。ついさっきまで俺はアメリカにいたはずだ。それがどうだ。辺りを見渡してみる。行き交う人の多くは日本人、売り出している商品も全部日本語、ついでに案内板のメイン言語も日本語だった。つまりは日本である。二年ぶりの帰国である。

「展開が急過ぎると思わないか」

 一人愚痴る。すると、唐突に懐から電子音が鳴りだした。

『着いた?』

 第一声がこれだ。相変わらずのノリなので、もう本人に突っ込む気さえ起きない。

「ええ。今荷物を受け取るところで……」

『受け取り次第、待ち合わせ場所へ向かって頂戴。もう迎えは用意してあるそうだから』

「分かりました」

 それだけ告げて電話を切る。さて、さっさと荷物を回収してしまわねば。



 ――――聖夜、ちょっと日本へ飛んでくれる?


 ちょっとコンビニでおにぎり買ってきてくらいの軽いノリで指示されてから、まだ二十四時間も経過していない。こっちが「はぁ?」と疑問符を掲げる頃には既にチケットが差し出されており、「これは何だろう」と手元の紙きれに書かれた文字を読んでいる頃には車で飛行場に向かっており、「何をすればいいんですか?」と問いかけようとした時には既に飛行機は離陸していたのだ。

 文字通りあっという間の出来事だったのである。



『これから貴方にしてもらいたいのは、とあるご令嬢の護衛よ』

 荷物を無事受け取れた俺は、キャリーケースをカラカラ転がしながら指定場所である駐車場の一角へと向かっていた。

「……護衛、ですか」

 正直なところ、予想外の任務が来た。

「俺の魔法は、守ることには向いていませんよ?」

『その魔法をどう使うか(、、、、、)によって(、、、、)変わる(、、、)でしょう? それに、バレないことが大前提。使うならこっそりと』

「……そうでしたね」

 それは昔から取り決められた決まり事だった。適当に流しておく。

『実は相手方が私の知り合いでね。相談を受けていたんだけど、適任者が貴方だったというわけ。大丈夫、取って喰われやしないわよ』

「そんな心配はしてないですけど」

『詳細は先方に聞いてちょうだい。なぜ貴方を送ったかは直ぐに分かるわ』

「……了解です」

 説明らしい説明は無かった。分かったのはこれからやる仕事が護衛だということだけ。師匠の相変わらずぶりはどうしたものかと思ったところで、目的地に着いた。

「それでは、師匠」

『ええ、よろしくね』

 通話を切る。

「中条聖夜様でいらっしゃいますね?」

 黒服の男から声を掛けられる。知らない相手から俺が待ち人であると直感されたのは、やっぱりこの髪のせいなんだろうな。

「パスポートを確認させて頂いても?」

「はい」

 黒服に手渡す。

「……ありがとうございます。では、こちらへ。荷物はこちらでお預かり致します」

 黒服が扉を開ける。

「よろしくお願いします」

 促されるままに乗り込んだ。車は直ぐに発車した。



 青藍市にある住宅地。その中でも高級住宅地と呼ばれる場所へ、俺を乗せた車は何の躊躇いも無く突入していく。

「……まさかな。いや待て。あの師匠の知り合い……?」

 それはもう痛烈に嫌な予感が脳裏を過った。それでも車は止まらない。何となく見覚えのある大通りに差し掛かる。既に嫌な予感は確信に変わっていた。いくつか通りを右に左に曲がり、次の進路が予想できるようになってきたところで、もの凄く見覚えのある屋敷を視界に捉える。

「……嘘、だろ」

 俺のその呟きは、今にも消え入りそうなものだったに違いない。



「お帰りなさい、聖夜君」

 屋敷の正面玄関にて、俺を出迎えてくれたのは馴染みのある顔だった。

「……祥吾(しょうご)さん」

 高津祥吾(たかつしょうご)。歳はまだ二十代前半のはず。黒髪に黒縁眼鏡の青年で、屋敷に仕える魔法使いの一人。年の近い従者ということもあり、日本に住んでいた頃はよく遊んでもらった仲だった。

「お帰りなさい、ってのはどうなんでしょう?」

「何か語弊があるかい? つい最近までここを頻繁に出入りしていたと思うんだけどね。家出少年の中条聖夜君」

 家出じゃないし、それは俺の意思じゃない。

「まあ、その辺りの言い訳は僕にじゃなくて旦那様とお嬢様に頼むよ」

 茶目っ気のあるウインクをした祥吾さんは、俺の耳に口を寄せて。

「……特に、(まい)お嬢様は相当お冠だったからさ」

 そんないらん情報を囁いてくださった。


 おじゃましますと一声添え、屋敷の中に足を踏み入れる。中の構造は、昔よく出入りをさせてもらっていただけに見慣れたものだ。綺麗なエントランスホールを抜け、長い廊下を歩く。途中何人かのメイドや執事とすれ違ったが、見知った顔は残念ながら一人もいなかった。

 しばらく歩いた後、一際豪勢な扉の前で足を止める。

「それじゃあ、僕の案内はここまででいいかな」

「お願いします。先導してください」

 教科書に記載されているお手本のようなお辞儀をしてみせると、吹き出されてしまった。

「そんなに苦手意識を持たなくても。旦那様は君のことを高く評価しているのに」

 そういう問題ではない。先ほどちらりと漏らしていた『家出少年』でこの屋敷に住まう人間の見解が一致しているのなら、最悪の展開しか思い浮かばないのだ。

「まあ、構わないけどね」

 苦笑しつつも祥吾さんは躊躇いなくその豪勢な扉をノックする。返事は直ぐに帰ってきた。……非常に聞き覚えのある声だった。その声に従い、祥吾さんが扉を開ける。

 その先には、大きな書斎。重厚なデスクに坐す人物とは直ぐに目が合った。にやりと笑われる。

 花園剛(はなぞのごう)

 日本で五指に入る名家・花園家の現当主。

 目を見張るような真っ赤な髪を無造作に流し、高級感溢れるスーツを着込んでいる。が、その下に隠している鍛え上げられた肉体は隠せない。がっちりとした体格が、それを物語っていた。

「久しぶりだな、聖夜君」

「……お久しぶりです、剛さん」

「はは、そう固くなる必要はないぞ」

 剛さんはにかっと笑うと、俺の隣に立っていた祥吾さんに目を向ける。一礼した祥吾さんは、すれ違いざまに小声で「頑張って」と呟いてから退出した。

「……ふむ」

 扉が閉まったことを確認してから、剛さんは自分の顎を撫でながら短く息を吐く。

「二年の月日の経過は伊達ではなかったということだ。頼もしい顔つきになったな、聖夜君。正直、見違えたぞ」

「あ、ありがとうございます」

 頭を下げる。顔付きが変わった自覚はないが、魔法の腕はそれなりに上げた自信がある。……師匠からあれだけこき使われていれば、それはもう魔法使いレベルはうなぎ上りだろう。

「さて、早速本題に入らせてもらうが構わないかな?」

「あ、はい」

 剛さんは俺の言葉に一つ頷くと、手元の資料を捲りながら口を開いた。

「君には舞の護衛を頼みたい」

 やはり護衛対象は舞だったか。ただ、そうなると疑問も出てくる。

「……なぜ急にそんなことを?」

 舞の護衛にならないか、という話は日本にいた前々から受けていた。しかし、それはあくまでお誘い程度の話だったはずだ。こうして正式な形で依頼されるのは初めてとなる。

「……最近、この国では頻繁にとある事件が起こっていてね。知っているかな?」

「いえ。先ほどこちらに戻ってきたばかりなので」

「あぁ、それもそうか」

 剛さんは顎を撫でまわしながら言う。

「昨今、この国では誘拐騒ぎが多くてね。それも誘拐対象は魔力容量の高い学生ときた。我が娘は平気だろうと楽観視するわけにもいかなくてな」

 なるほど。確かに、あの花園家のご令嬢が誘拐されたとなれば一大スキャンダルとなるだろう。しかし。

「ならば、本職の人間に依頼した方がよろしいのではないでしょうか。私はつい先日に魔法使いの免許を取得したばかりの新人同然の魔法使いですよ? それに、私の魔法のことは貴方もよくご存じのはずですが」

 俺の回答に、剛さんは含み笑いを漏らした。

「知っているとも。君の魔法のことはよく知っている。だからこそ、だよ。君は呪文詠唱ができなくても十分にやっていけるだけの力があるだろう」

 その切り返しに、思わず言葉に詰まる。

 そう、俺こと中条聖夜は呪文詠唱ができない。魔法使いとして見れば、完全に欠陥品だ。最初にこの事実に気付いたとき、俺は呆れて笑ってしまった。魔法が使えるからという理由で両親から捨てられた俺が、まさか満足に魔法を使うことができないとは。ジョークにしてもブラックすぎる。

「……奥の手は今でも隠すように言われているのか?」

「ええ……」

「そうか。まあ、それを差し引いても君の実力は十分に評価しているよ。魔法使いの証(ライセンス)など形だけだ。魔法を野外で使うことへの正式な許可証というだけ。リナリ―の元で修業は積んできたんだろう?」

「……はい」

「ならば問題はないだろう。後は君の意思次第だ。こちらとしても無理強いをするつもりはない」

 背もたれに身を預け、腕を組みながら剛さんは続ける。

「もっとも、受けて欲しいというのがこちらの本音だ。舞はあの性格だろう。護衛を付けたがらなくてね。そういった意味でも、君が適任なのは間違いない」

 向こうの言っている内容に間違った点は無い。見知った人間が対象であるだけに、護衛役としてやり易いのも間違いない。師匠の言っていた『適任者』の意味がようやく分かった。

「どうだろう。受けてくれないだろうか。もちろん、正式な形で依頼する以上、相応の報酬は約束しよう」

 俺のような若葉マークの付いた魔法使いが、護衛、それもこの国五指に入るお嬢様の護衛など普通ならなれるわけがない。おまけに報酬まで出すというのだ。師匠の元ではタダ働き当然だった俺からすれば、これはまさしくVIP待遇であると言えた。

 ……少しだけ、悩む。が、答えはほぼ決まっていた。

「よろしくお願いします」

「ほう?」

 快諾した俺を見て、剛さんが眉を吊り上げる。

「契約金や報酬金をまだ提示していないんだが。そう易々と請け負っていいのかな?」

「そこは剛さんを信頼してますから。それに目の前で舞が襲われていたら、それこそお金なんて貰えなくても助けますって」

「ははは。いや、嬉しいことを言ってくれる」

 差し出された手に応じて握手する。

 これからどのような生活が始まるのか見当もつかないが、精一杯やらせてもらうことにしよう。



「さて」

 キャリーケースをベッドの傍に追いやり、改めて部屋の中を見渡してみた。

 一度状況を整理した方がいいだろう。

 この部屋は花園家の屋敷にある部屋ではない。私立・青藍魔法学園せいらんまほうがくえんという日本では超有名校にあたる学園の男子寮の一室だ。

 では、なぜそんなところにいるのかというと。



『舞の護衛をするにあたり、まず君にはこの学園に編入してもらう』

『私立・青藍魔法学園?』

 差し出されたパンフレットに記載されていた、一番大きな文字をそのまま読み上げる。

『そう。舞が現在通っている学園でね。ここは全寮制なんだ』

 何となくだが、言いたいことが掴めてきた。

『当然、護衛をするのならば学園生活の間も見守ってもらわねばならない』

『……そりゃあそうでしょうね』

 学園生、それも全寮制の学園生ならば、学園生活の間に仕事をしなければ護衛の出番なんて無いに等しいだろう。

『君の編入手続きは既に取ってある。あと、いくらかお金も渡しておこう。経費として好きに使ってくれて構わない』

 剛さんは俺の顔写真がしっかりと添付されている学生証を懐から取り出しながら言う。……いつの間にそんなものを用意した。少なくない額が入った封筒と共に受け取る。

『明日から、君はもう立派な青藍魔法学園の生徒だ。学園にも根回し済み。君の寮番号は405だ。送ろう』

『送る? え? え? え?』



 と、まあこんな感じで。

 依頼を承諾した瞬間から、あれやこれやと話が進み今に至るわけだ。

「展開が急過ぎると思わないか」

 何やらデジャブを感じつつ、つい先ほど口を突いて出たようなセリフをもう一度口にしてみる。ほぼ同時に携帯電話が喚きだした。

「……もしもし」

『お疲れ様。無事に学園には着けたみたいね』

 計ったようなタイミングだった。

「師匠、俺のことを盗撮したりしてません?」

『失礼ね、そんなことしないわよ。さっき剛ちゃんから連絡があったから』

 ああ、なるほど。そういうことか。それにしても「剛ちゃん」って。昔からの飲み仲間らしいがその呼び方はどうだろう。

『受けるんだって?』

「ええ、まあ。頑張らせてもらいます」

『駄目よ、そんな弱気な決意表明じゃあ。分かってる? 貴方が失敗すれば、舞ちゃんは死ぬかもしれないってことだからね』

「――っ」

 その正論に、無意識のうちに肩が強張った。

「……分かってます」

『本当にぃ? ……ならいいんだけどさ。ま、ともかく私のいない正式な初任務といったところかしら。見事完遂なさいよ。一匹たりとも逃がしちゃダメ。必要とあればヤってよし。私が許す』

「ちょっとちょっとちょっと!!」

 その過激な発言に慌てて待ったをかける。

『何よ』

「何でそんな不機嫌そうな声!? いやいや、そうじゃなく!! 何スか一匹たりとも逃がすなとかヤってよしとか!!」

『何って言葉通りの意味じゃない』

「俺がやるの護衛でしょ!?」

 護衛の役割は守ることだ。どこがどうトチ狂ったらそんな内容の発言になる。

『ふふふ。まあ、頑張りなさい。貴方は貴方らしく、ね』

「ちょ――」

 通話は一方的に切れてしまった。無機質な電子音だけが耳へと届く。

「何なんだよ、いったい……」

 護衛だけでなく、青藍魔法学園というエリート校に編入することになっただけでも手一杯だというのに、まだ先があるというの だろうか。少しだけ考えを巡らせてみたが、直ぐに頭痛が襲ってきたので考えるのを止めた。

 決して現実逃避なんかではない。

 ……はず。

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