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[Teleporter]  作者: SoLa
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[第九話]


「……入り口は2つ。前方の正面入り口と、反対側に裏口。後は、出入りができそうな窓がいくつか。廃工場って環境のせいか、……窓は大半が割れてるな」

 既に日は落ちている。

 リーダー格の男から聞き出した場所に到着した俺は、まずその周囲を詮索していた。様子を伺うに、確実にこの廃工場には人がいる。が、人工の光は一切漏れてきていない。

「……十中八九、魔法だろうな」

 リーダー格の男の発言から、相手が魔法使いなのはほぼ確実だと推測していたが、これで確信に変わったわけだ。後は、この中に潜伏している人数がどのくらいか、またその戦力はどれほどのものか、ということくらいだが……。

 ……関係無い、か。

 そう心の中で結論付けた。今回は、師匠から能力の使用許可が下りている。

 つまりは、もうこそこそする必要も無いということ。

 ならば。

「行くか」



「証拠品は何も残さぬよう注意して下さいよ。でないと――」

 鉄の扉を横へとスライドさせ、正面玄関を潜る。

 中は開けた広間で煌々と明かりが照らされていた。やはり外へは漏れ出ないよう魔法によって操作されていたようだ。全員寝静まっているなんてことはなく、皆大きな荷物やら何やらを持ち、右往左往している。

 俺が音を立てて扉を開いたことで(無論わざと立てたわけではなく、古びて軋んでいた扉だった為やむを得ず)、ちょうど中央付近で周りに指示を出していた長髪の男が、口を止めてこちらに目を向けた。

「……おや? 貴方は何です?」

 長い黒髪を掻き揚げながら、その男が問いかけてくる。

「その声……」

 そして、その口調。間違いないな。

 確信した瞬間には、既に発現していた。

 俺の、絶対にして唯一無二の魔法。


 転移魔法を。


 何を答えるわけでも無く。

 問いかけてきた長髪の男も。

 その周りで作業をしていた男たちも。

 誰よりも先に行動を開始した俺の拳は、長髪の男の顔面を容赦なく捉えていた。

「ぶぼっ!?」

 何の抵抗も無く拳を受け入れた長髪の男は、そのまま後ろへと吹っ飛び、奥にあった扉をぶち破って倒れた。


 俺の操る転移魔法とは、厳密に言えば俺が持つ『無系統魔法』によって実現されている現象を指すものだ。Aという座標にいる自分を無かったこととし、Bという座標に元からいたという事実へ座標を書き換える魔法である。

 だから外見上、AからBへと一瞬で移動したように見えるわけだ。


「ボ、ボスっ!?」

「な、何なんだてめぇっ!?」

 周りの男たちが一瞬で殺気立つ。

 ぐるりと見渡してみて分かった。こいつら、戦闘は完全に素人。魔法使いとしてのレベルも底辺もいいところだ。人数はざっと50人ほど。ただの量増し要員かよ。

「遠路遥々、せっかく遠征して来たんだ。せいぜい楽しませてくれよ」

「なめんなぁぁぁぁ!!」

 男たちは一斉に襲い掛かって来た。

 身体強化魔法を使って襲ってくる者、魔法は発現せず鉄パイプ等の凶器を握る者、呪文詠唱を始める者。……拳銃は、流石に無いな。これだけの大混戦だ。下手に発砲すれば味方に当たってしまうくらいの知識は持ち合わせていたか。

「はあああああ――あがっ!?」

「うおおおおお――ぶべっ!?」

 拳で顎を打ち抜く。蹴りでみぞおちを薙ぎ払う。50人がいっせいに襲い掛かって来たからといって、50人が一度に俺を殴れるわけではない。

 近くに来た奴から順番に確実に無力化していく。

「お前ら、下がれぇっ!!」

 そこでようやく呪文詠唱していた男の魔法が完成したらしい。男の頭上には、バスケットボールサイズの魔法球。火が属性付加されているものだった。

「攻撃特化の火だ!! これで死ねぇっ!!」

 ……まさか何のフェイクも無しに真正面から放ってくるとは。

 俺はその火球に向けて手を差し出した。

 対象となる座標を固定する。わざと、差し出した手が迫る火球へと重なるように。

 魔法を発現した瞬間、重なるように転移された手のひら。

 手のひらの位置が移動するのに合わせて自動的に動く俺の腕と身体。

 俺の手のひらを中心に、俺を襲う火球は真っ二つに割れた。

 おそらく、周囲からは俺が素手で火球を切り裂いたように見えたことだろう。

 真っ二つになった火球は、俺の両脇をすり抜けて後方にいた二人に着弾する。

「なっ、何だ今の――あ、う!?」

「余計な事は考えるな。お前らはただ俺から潰されるのを順番に待てばいいだけだ」

 詠唱者の後頭部に手刀を振り下ろして無力化した。力無く崩れ落ちる。

「くそっ、何なんだこいつ!?」

「不気味な技を使いやがる!! それにめちゃくちゃ速ぇ――が、あ……っ」

「『速い』って表現でしか俺の能力を説明できない時点で、お前らはもうズレてんのさ」

 掌底をお見舞いし、そのまま仰向けに倒れる男に向かってそう告げてやった。

「ああああああああっ!!」

 後ろから咆哮が聞こえる。狙ってきた奴の、更に後ろへと俺自身を転移させた。

「あああああ、あ!? どこ――に、うっぐ!?」

「自分の声で居場所を知らせてどうする。後ろから狙った意味が無いぞ、間抜け」

 頬を思いっきり殴られた男は、その勢いのまま吹っ飛び壁に激突する。それを見て、ようやく男たちに危機感が広がったようだ。

「な、何なんだよ、この餓鬼……」

「や、やばいんじゃないか? これ……」

 さっきまでの威勢はどこへやら。

 殴ろうとしていた腕を、魔法を発現しようとMCへ伸ばしていた手を止めて、男たちは呆然と俺を見据える。

 勝敗は結果を見るまでも無く明らか。

 だからこそ――。

「逃げろ!! 俺たちじゃ、こいつには敵わねぇ!!」

 そういった思考に流れるのは、致し方のないことであると言える。男たちが四方八方へと散らばる。ここは廃工場。ただこの場から離脱するだけなら、逃げ道などいくらでもある。

「さーて。こういう場面こそ、俺の魔法の本領ってわけだ」


 俺のこの魔法に限らず、『無系統魔法』は、呪文詠唱という本来の魔法構築とは異になるシステムから発現されており、俺は呪文詠唱の代わりに『自分が跳びたいところをイメージする』ことで座標を固定する。イメージが鮮明であればあるほど魔法展開はスムーズに行われ、意図した場所に限りなく近い場所へと跳べることになる。

 だからこそ自分の見える範囲に跳ぶには座標がイメージしやすいので一瞬で跳べるし、俺の近接戦闘術の要はそこにある。

 つまり。


「はぁ、はぁっ!! よし逃げ切れ――ばっ!?」

 割れた窓へと手を掛けた男の顔面を蹴り飛ばす。男は、後ろに続いていた仲間を数人巻き込んで後方へと吹き飛んだ。

「悪いな。守備範囲なんだわ」


 逆に視界の範囲外である離れている場所へはイメージにも時間が掛かるし、跳んだ際の誤差も起こりやすい。また、転移する場所が離れているほど使用する魔力も大きい。

 だが。


「お前っ!? 今向こうに――はうっ!?」

「何で、――ぐはっ!?」

「この広間は見渡しがいいなぁ。一人も逃がす気がしねぇ!!」

 跳ぶ。跳ぶ。跳ぶ。

 廃工場の広間を縦横無尽に跳び回る。


 転移魔法は呪文詠唱のできない俺にとっては必須のスキルとなった。この転移魔法に加えて、呪文詠唱せずとも発現できるレベルの魔法を使い、俺はようやく魔法使いとしての価値を見い出せたのだから。


 また一人、意識を失って床へと倒れ込む。

 ここから先は、もはや消化試合のようだった。



 突入から十分ほど経過しただろうか。広間に立っているのは俺一人になっていた。呻き声一つ聞こえない。廃工場は完全なる静寂を取り戻している。

「こんな戦力でよくもまぁ姫百合を敵に回そうとしたものだ」

 かすり傷一つ負わなかった。まるで手応えが無い。広間の外へと殴り飛ばしたボスとやらの確認の為、広間の最奥にある壊れた扉の先へと踏み込む。


 瞬間。

 背筋が凍った。


「い、いない……」

 扉の先にあった細い通路は、電気が落とされ薄暗い。だが、暗いから見えないというわけではない。

 ここで伸びているはずの、あの長髪の男がいなかった。

「……マジかよ」

 呻くようにそう呟く。

 逃がした。

 そうとしか考えられない。

 まずいぞ、絶対にまずい。能力使用の許可まで出されておきながら、首謀者を取り逃がしたとでも報告してみろ。依頼人である花園家より先に師匠から殺されてしまうに違いない。

 俺の『無系統魔法』はあくまで跳ぶ場所の座標を指定して発現する魔法。特定の人物を目的地には指定できないのだ。

 どうする、どうすれば……。

 自分で自分の思考を落ち着かせようと躍起になりながら、腕に装着していたMCの電源を落とす。その直後だった。

「……ん?」

 耳を澄ませてみれば、頭上からMCを起動している時のような、特有の甲高い音が聞こえてきた。ただ、MCの起動音ではここまで響くほどの音量は無い。つまりは、それに似た何かが起動しているということになる。

 そしてここは廃工場。本来ならここにある施設の全ては稼働していないはずなのだ。

「……首の皮一枚で繋がったかもしれないな」

 大きく息を吐く。自らの詰めの甘さを痛感しながらも、俺は階段を上り始めた。



「……廃工場に、こんなものを作っているとは」

 階段を上りきった先、目の前に広がる光景に思わず感心してしまった。長髪の男が逃げ込んだと思われる、硬い鉄の扉。その扉から広がり、その部屋を囲う壁全てに施される精密な防御魔法陣。ちょっとした簡易シェルターのようだ。

「情けない」

 思わずそう呟く。

 部下たちは下で必死に抗ったというのに。そのボスは一撃で戦意を失い、仲間を見捨てて籠城か。

 こんな男が転移魔法を操る? 冗談だろう?

 本当に操れるのなら、こんな逃げ腰になんてならないと思う。

 足を動かしながら、座標を固定した。

 わざと、魔法陣が描かれている扉に重なるように。

 転移魔法を発現した瞬間、重なるように転移された手のひらを中心に、鉄の扉が真ん中から左右へと割れる。重い音を響かせながら、2枚になった鉄の板は地面へと転がった。

「ほう……」

 その光景を内側から見ていた長髪の男が、驚いた声でそう漏らす。

 こちらとしても安堵の息を吐きたいところだ。逃走されていなくて本当によかった。名高い花園家に雇われている魔法使いとして、これ以上の失態は御免だ。

 気合い、入れなおさないとな。

「結構厳重な魔法陣を組んでいたつもりだったのですがね」

「そうか? まるで手ごたえがなかったが」

「ふふふ。口だけは達者のようだ」

 男が笑う。思ったより余裕があるように見える男に、違和感を覚える。

「鬼ごっこはここまででいいのか?」

「そうですねえ。ここなら、部下の目には入らないですし」

 俺の問いに対して、曖昧な答えを返してきた。

「何か見られたくないことでもあるのか」

「まあ、そんなところです」

 俺に殴られた鼻を拭いながら、長髪の男が答える。手の甲がじっとりと血に塗れていた。

「貴方も馬鹿な少年だ。下の連中で満足して、帰っておけば良かったものを」

「馬鹿なのはあんたの方だろう?」

「……何ですって?」

 俺の発言に、長髪の男の表情から笑みが消えた。

「こんなところに籠城せず、逃げてしまえば良かったものを。これであんたは俺から逃げる術を完全に失ってしまったわけだ」

「……逃げる術? なぜ私が貴方から逃げないといけないのです?」

 ゆらり、と。長髪の男の身体が揺れる。

「一発私に与えたくらいで……」

 男の手が、膝に装着しているMCへと伸びる。

「いい気になるなよクソ餓鬼がァァァァ!!」

 俺たちの間合いを一歩で詰めた長髪の男が、躊躇いなく拳を突き出した。それを首の動きだけで躱し、無防備な腹に膝蹴りをくれてやる。

「がうっ!?」

「二発目だ。いい気になっても構わないか?」

「舐めないで、……頂きたい!!」

「おっと」

 真横へと跳躍する。俺の膝へ肘打ちを与えようとしていた長髪の男は、目標を見失って前のめりに倒れた。

「なるほど、ボスなだけあって一発や二発じゃ沈まないか」

「同列に並べられるのは心外ですねぇ!!」

 体勢を整え、長髪の男が突進してくる。真正面から、堂々と右拳を握りしめている。

「おいおい。そんな見え見えの拳じゃあ――」

 放たれた拳に大した速度は無い。身体強化魔法を纏っている為、常人よりは速いがそれだけ。同じく身体強化魔法を纏っている俺にとっては、目を瞑ってでも避けられるスピード。

 ――――だった。

「うおっ!?」

 俺に届くぎりぎりのところまできて異変が起こった。


 男の拳の(、、、、)位置が(、、、)変わったのだ(、、、、、、)


 余裕をもって回避できるはずだったのに、紙一重での回避になってしまうほどに。

 頬を拳速によって生じた風が打つ。

 追撃として放たれた膝蹴りも後退することで躱し、距離を空けた。

 なんだ、今のは。

 俺の心境が表情に出ていたのか、長髪の男は満足そうな笑みを浮かべる。

「ははは、素晴らしい反応速度ですね。まさか初見で私の攻撃を見切るとは。なんとも忌々しい餓鬼です」

 それだけ告げ、再び長髪の男が距離を詰めてきた。

 俺と肉薄したところで、長髪の男の姿が消える。

「っ」

 また、だ。

 今までいたはずの場所から、いきなり消える。

 漫画で見る戦闘シーンを、数コマ飛ばしで見ているような感覚。

 長髪の男は、いつの間にか俺の後ろへと回り込んでいた。

 後頭部を狙った一撃をしゃがみ込むことで回避。放たれた回し蹴りも紙一重で回避し、距離をとった。


 尋問したリーダー格の男から聞き出した情報が頭を過ぎる。


『ボスは、神の如き能力をお持ちだ。お前が強いのは十分に知っているが、それでも……殺される』


 無言の対峙は僅かな時間のみ。

 長髪の男が再度距離を詰める。数コマ飛ばしの動きが非常に読みにくい。


『驚くのも無理はない。だが、魔法という言葉に不可能という文字を当てはめるのはナンセンスだろう。魔法とは、奇跡の力なんだからな』


 長髪の男から放たれる連撃。

 その全てをぎりぎりのところで回避していく。


『あの能力にかかれば、どれ程手練れの魔法使いであろうと、一瞬で無に帰することになるだろう』


 俺が距離を空け、少しだけ無言で対峙する間があり、また長髪の男が距離を詰める。

 そのパターンが何度となく繰り返された。


 ……転移魔法。

 この男、……まさか本当に?


 思考が、動揺を生む。

 一瞬にして目と鼻の先へと現れた拳を、強引に首を逸らすことで回避する。不意打ちに近い攻撃を無理に回避したせいで、身体のバランスが崩れた。

 目の前にいる長髪の男が、口角を歪ませる。

 しかし、この程度でやられるほど、俺もヤワじゃない。

 師匠から命じられる鬼のような命令を日々黙々とこなしてきた俺をなめんなよ!!

 放たれた回し蹴りを、同じく身体強化魔法で強化した脚で蹴り飛ばした。

「っ、つっ!?」

 直後、身体を駆け巡る痺れるような感覚。

 ……そうか。

 ネタが分かったぞ!!

 動きが鈍ったことを確認した長髪の男が放つ連撃を、俺は『無系統魔法』で回避した。

 座標を書き換え、文字通り一瞬にしてその場から姿を消す。

「おっ!? ……と!!」

 殴る対象が突然消えたことで、長髪の男がバランスを崩してたららを踏んだ。その隙を突くような真似はせず、離れた場所から長髪の男が体勢を整えるのを待つ。

「……まったく、ちょこまかと素早い餓鬼ですね。ここまで私の攻撃が当たらないのは初めての経験ですよ」

 長髪の男は、鬱陶しそうに自らの長髪をかき上げながら言う。

 俺の最後の回避手段をその目で見ても、何の反応も無い。

 これで確信した。


 この男は、転移魔法の使い手ではない。


「雷属性の付加能力、か」

「……ほう?」

 俺の出した回答に、長髪の男が眉を吊り上げた。

「常時展開しているのは、無属性の身体強化魔法のみ。ただ、攻撃の瞬間だけ、雷属性を付加しているな」

 雷属性は、操作系の魔法に秀でている。

「数手交えた後、俺は毎回あんたから距離をとっていた。しかし、あんたは直ぐに追撃を仕掛けられるにも拘わらず、必ず少しだけ間を空けていた」

 つまり、毎回そのタイミングで次の戦闘のシュミレーションを行い、雷属性の魔法を準備した上で、俺との距離を詰め直していたわけだ。後は、雷属性の魔法によって操作された身体の一部が勝手に俺を襲う。

 予備動作も無く、事前にプログラムされた通りに身体が動き出すのだ。

 急に動きが速くなるのも当然。


 動きの緩急によって、目が錯覚を起こしていただけだ。

 まるで、消えているかのように。


「事前に俺との戦闘パターンを構成して、無詠唱の遅延魔法で無属性の身体強化魔法に組み込む。それを、毎度あの短い時間で成し遂げていたのか。それが、あんたの部下たちの言う転移魔法の正体。凄い才能だな、正直、驚いた」

 その才能は、もっと別のところで有意義に活用して欲しかった。

 魔法を発現しつつ、その効果が発揮されるタイミングを遅らせる高等技術、遅延魔法まで無詠唱で投入しているとはびっくりだ。芸が細かすぎるだろう。

「そこまで読まれるとは思っていませんでしたよ。先ほど私の回し蹴りを貴方が迎撃したので、雷属性の魔法が使われている、というところまではバレると思っていましたがね。素晴らしい」

 本心なのだろう。

 長髪の男は、驚きの表情を隠そうともせずに肯定した。

「それに、ふふふ……。雇ったのは皆、魔法使いの中で愚図も良いところのレベルでしたが。私の魔法をそう誤認するのも、仕方の無いことだと言えますか」

 嘲りを含んだ笑いを漏らしながら、長髪の男は続ける。

「発現はほんの一瞬。もちろん、持続的な発現もお手の物ですが、低レベルの馬鹿にはこちらの方が良いのですよ。急激に速度が上がる。消えたように見えませんでしたか?」

「見えた」

 正直に答えた。

「俺も、あんたの回し蹴りを触れる形で迎撃してなかったら、転移魔法だと勘違いしたかもしれない」

「それでも貴方はそれに気付いた。私からの攻撃を一度も受けることなく。見事です」

 先ほどまでの、俺を敵視するような雰囲気が無い。

「どうです? 私と手を組みませんか? 貴方がどこの手先かは知りませんが、私とここで潰し合うよりも、よほど有意義なことができそうですが」

 なるほど。俺を勧誘する気になったのか。

 だが、その期待には応えてやれない。

「悪いな。俺はここに命令で来てるんだ。『徹底的に根絶やしにしなさい』ってな」

「なるほど……。それは残念です。貴方のような才能豊かな少年を殺さなければならないとは……。心が痛みますね」

 心にも無いことを言ってくれる。

「計画を丸潰しにされたうえ、私の魔法の秘密まで知られてしまっては、……生きて帰すわけにはいきませんから」

 長髪の男の声色が変わった。完全に臨戦態勢となりつつも続ける。

「何か言い残しておきたいことはありますか?」

 言い残しておきたいこと、か。

 なら、こっちからも言いたいことを言っておくかね。

「今のうちに投降すれば、それ以上のケガはしないで済むぞ」

 遺言ではなく、こちらからも最後通牒を突き付ける。

「しないのなら……、腕の1本や2本は覚悟しておけよ」

「上等ですねっ!!」

 咆哮と共に、長髪の男の足と腕から青白い雷が迸る。

 雷属性を付加させた身体強化魔法。

 先ほどまでのように、隠しながら使用する手法ではない。高い技術力を必要としながらも子供だましのような技法ではなく、ここから先は本気で潰しにくるということだろう。

 そして、跳躍。

 一瞬でゼロになる俺と男との距離。

 そして、眼前に迫る拳。

「おしまいですっ!!」

 俺はその光景を冷静に捉えながら、人差し指を男の肩へと突き出した。

 そして、一言。


「お前がな」


「うっ!?」

 何の音も衝撃も無い。

 それでも。

 自らの肩に違和感を覚えたであろう長髪の男から、一瞬で雷属性を纏った身体強化が消え去った。長髪の男の拳は、俺の顔を捉えるギリギリで止まっている。拳を止めた長髪の男は、自らの肩へとゆっくり目を向けた。

 そこには。


 男の肩に根元まで埋まった、俺の指があった。


「……、……」

 長髪の男は、口を開いて、また閉じた。

 現状が理解できていないのかもしれない。俺は早々に結果を知らせてやろうと思い、何のアクションも示さない長髪の男の肩から指を引き抜いた。

 遅れて、空いた穴からどろりと鮮血が顔を出す。

「ひっ!? ひぎゃあああああああああっ!?」

 長髪の男はよろめいて倒れ、自らの肩を抱きながら痛みに転げまわっている。

「……おいおい、たかが指一本だろ? 一般人や素人でもあるまいし、何をそんな大げさに騒いでるんだよ」

 長髪の男は血走った眼を寄越しながら叫ぶ。

「お、お前っ……何をしたっ!?」

「何をしたと思う?」

 真っ赤に染まった人差し指をクイクイと動かしながら、問い返してやる。

「し、身体強化か!? いや、それにしたって、突き刺さる衝撃が無かった!! 私と同じ雷属性!? いや、違うっ!? ぐっ……くそっ!! まるで急に指が私の体に入ってきたみたいにっ!!」

 ほう、いい線だ。


 これは、俺だけが持つ『無系統魔法』の能力。

 あるモノをある場所からある場所へと移すために、座標を書き換え、事象を改変させる魔法。

 しかし。

 ここでもし。

 その送り先へと転移させる際。


 その場にある障害物の座標に、一点でも重なるように転移させたとしたら。


 魔法警察に捕えられていた男の手錠に重なるように。

 廃工場の広間で放たれた火球に重なるように。

 強力な防御魔法陣が敷かれている扉に重なるように。


 そして。

 長髪の男の肩に重なるように。


 世間一般で言う空想上の転移魔法では、転移に失敗すると論ぜられるものが多い。しかし、実際にはそうはならない。

 俺の無系統魔法、正しくは『事象の書き換え』だ。


 そう。

 俺が書き換えた事象の方が正しくなる。


 つまり。

 捕えられていた男の手錠より、俺の手が優先された。

 放たれた火球より、俺の手が優先された。

 扉に働く防御魔法陣より、俺の手が優先された。


 つまり

 長髪の男の肩より、俺の指が優先された。


 長髪の男の肩へと転移した俺の指は、そこにあったのが当然だったと事象は書き換えられ、容易に男の肩を貫いた状態に書き換えられる。表現としては「埋まっている状態で」とした方が正しいかもしれないな。

 しかし、指のあるべき座標を書き換えたとはいえ、俺の身体の一部を分裂させることはできない。そのため、必然的に俺の指に付随して、掌も、腕も、体も、それに合わせて動く形になる。

 俺は別に男の肩に向かって指を突き出さなくても、この魔法さえ発現させてしまえば、勝手に指を突き出した体勢になってしまうということだ。


 防御不能。

 発現さえしてしまえば、相手が回避する前に心臓を突き破ることだって可能な、俺の絶対的な能力。


「俺の師匠はこれを、『神の書き換え作業術(リライト)』と呼んでいる」


 神なんて大それた名前、俺は好きじゃないんだけどな、と付け加える。

 ただ、傍から見ていると転移魔法という魔法には到底結びつかない上、恐怖心を煽りまくる効果を発揮してくれる為、非常に重宝している。

 必殺技と言っても過言ではない。

「……リ、リライト?」

 自らの肩を抱きながら。脂汗を垂らしつつ、長髪の男はオウム返しのように技名だけを呟いた。能力の詳細を説明していないのだ。名前が分かったところで疑問が解消されるはずもない。

「さて」

 終わらせるか。

 一歩を踏み出そうとした瞬間。

「う、動くなぁ!!」

 長髪の男がそう叫んだ。

 懐から何かを取り出す。

「こ、これは、この工場の起爆スイッチです!! 貴方がそこから一歩でも動けば、こいつを起動させますよ!?」

「……おいおい」

 自爆するってことかよ。狂ってるな。

「貴方だってまだ死にたくないでしょう!? 私が消えるまで貴方が手出ししなければ、これは押しませんっ!!」

 ずいっと、俺の方へと向けてくる。

 少しはやれる人間かと思えば……。

 その仕草・発言に、がっかりした。『お前だって』という言い方は、自分自身が一番生に未練があるということ。『私が消えるまで貴方が手出ししなければ』という言い方は、つまりは自分さえ助かれば部下の命などどうでもいいということ。

「お前、……つまらねぇよ」

 構わず一歩を踏み出した。

「なっ!? 貴方、狂ってるんですか!? 私にはこれがあるんですよ!?」

「押したければ押せ」

「なっ!?」

 俺の発言に驚いた男が問い返してくる。

「押したければ押せ、と言った。お前にその覚悟があるならな」

 そう言っている間にも、ずんずんと男との距離を詰める。

「く、来るなっ!!」

「知ってるか?」

 ヤケクソ気味に雷の属性付加をした長髪の男に対して、身体強化魔法に風の属性付加をさせる。

「来るなって言ってるだろォォォォおうぐっ!?」

「雷は風に弱い。移動系の魔法を得意とする風が相手じゃ、お前は逃げ切れねーよ」

 顎を蹴り上げられ、白目を剥いて崩れ落ちる長髪の男に向けて、そう告げておいた。



 任務完了。

 主犯は無力化したし、この廃工場にいた人間も全員倒れたままだ。念のため廃工場内と周辺を調べてみたが、爆発物らしき物も見当たらない。

「……フェイクだったか。本当に、一から十までくだらない組織だったな」

 ピクピク痙攣しながら泡を吹いている長髪の男を見て、俺は重くため息を吐いた。

 後片付けは花園に任せてしまおう。

 そう思い、俺は携帯電話を取り出した。

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