[第零話]
1日1話更新です。
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第零話から第十一話まで、全十二話となります。
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――――冗談にしたって、タチが悪すぎる。
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「て、敵襲です!!」
廃れた路地裏の一角にある建物。
陽の光すら満足に届かぬ一室。
本日の戦利品である魔法具の品定めをしていた男は、下っ端から寄せられた情報に顔をしかめた。
「あぁ? てめぇらで適当にやって追い返せよ。いちいちそんなことまで報告しにくるんじゃねーよ」
舞い上がった埃を手で払いながら男は言う。
年単位で掃除のされていない室内は、ちょっとした衝撃でも思わず息を止めたくなるほどの埃が舞う。下っ端は転がり込むようにしてこの一室へとやってきたのだ。激しく扉を開けたことで、周囲は埃まみれだった。
それが余計に男を苛立たせる。
「いったい何だ、ってんだよ。敵対組織との交戦はいつものこと……」
そこまで言いかけて、男はようやく部屋の外から慌ただしい物音が鳴り響てくることに気付いた。
※
『ごめんなさい』
深く、深く、頭を下げられる。
正直な話。
悲しいとか。
寂しいとか。
ふざけんなという憤怒とか。
そういった感情よりもまず先に。
ああ、やっとこの時が来たのか。
と、そう思った。
※
129人。
それがこの廃れた建物を根城とする組織の人数だった。
構成員の半数以上が魔法使い。魔法使いでない者も、拳銃であったりナイフであったりと武装をしていた。当然、そういった得物も非合法な手段で入手したものだ。戦闘能力が無い人間など1人もいない。ここは、いわゆるそういった道を歩む人間のアジトだった。
しかし――――。
※
髪の色は最初から白かったわけじゃない。
この『力』も最初から使えたわけじゃない。
ある日、突然だった。
俺は、代々魔法なんて言葉には無縁な家庭で生まれた。魔法使いと呼ばれる人間がこの世界に相当数存在することくらいは知っているし、普通にそういった類の学校や会社なんかもあって、世間一般に溶け込まれていることくらいは分かってますよ、程度の認知度だった。
そもそも魔法なんてものは先天的なものであり、ある日突然開花するようなものではない。
もちろん魔法を使えない人間にも魔力というものは存在しているが、それはあくまで生命活動を維持するための最低ラインでの存在であり、間違ってもその魔力を使って突然炎やら水やら雷やらが出せるわけではない。
だから魔法を使えない家系とは、隣人が魔法使いの一族でもない限り大げさではなくほぼ一生を魔法とは無縁で送れるもので、俺も、俺の家族もそう思っていた。
魔法なんてあると便利だね。
そんな感じでさ。
※
放った魔法はことごとく躱された。
拳銃は発砲する前に持ち主が無力化された。
ナイフを使用し近接戦闘に臨もうとしていた人間は、既に床に転がっている。
※
けど、そうはならなかった。
突然変異。
医者からそう言われたのを、俺は今でも覚えている。
魔法使いの血を取り込まぬ限り、本来ならば一般家庭に魔法使いの子どもが生まれるはずはない。しかし、例外中の例外が、まさかの俺の身に起こっていたというわけだ。
当然、両親からすれば寝耳に水なわけで。
ある日突然調子を崩した俺のことを、両親は心底心配した。病院に連れて行っても、健康体そのものと診断され未知なる病気かと肝を冷やしていた。
それが一週間くらい続いた頃、真っ黒だった髪の色が漂白剤でも使ったかのように綺麗に抜け落ちた。さらに一週間が立つと、俺の周囲の物が何の前触れも無しに砕け始めた。
ポルターガイストかと思ったね、あの時は。
……まさか自分のせいだとは思わないだろう。
何かがおかしいと思い始めたのが、その時。
両親は恐る恐る俺を、今度は魔法病院に連れて行った。
それが正解。
尋常じゃない量の魔力が渦巻いてます、と診断されたその日から。
――――両親の俺を見る目が、変わったんだ。
※
その廃れた建物を根城にしていた組織は、10分とかからずに壊滅状態へと追い込まれていた。
対象を見失った魔法は、側壁を抉り、調度品を破壊し、埃を巻き上げる。
だが、喧騒は徐々に大人しくなる。
なぜなら、騒ぎ立てる人間の数が減っていくからだ。
※
魔法は使えると便利だが、使えないと恐怖でしかない。
その通りだと思う。
俺も怖かった。
どうしていいのかも分からない。
医者も、ここまでの魔力は見たことがないと頻りにぼやいていた。
もはや触れると起爆する爆弾のような扱いぶり。他の患者とは完全に隔離された部屋で、ちまちまと魔力を吸い出す機械に繋がれ過ごす日々。
両親もだんだん見舞いに来なくなった。
隠しているつもりだろうが、隠せてない。俺を怖がっているのは明白だった。この時にはもう、薄々感じていたんだろうと思う。
多分。この人たちとは、別の道を生きることになるんだろう、ってさ。
……まだ俺がこれから生きていけるかも分からなかったわけだけれども。
※
その廃れた建物を襲撃したのは、たったの1人。
白いローブに白い仮面を身に着けた、まだ10代の少年だった。
※
両親から告げられた、訣別の言葉。
いつか来るだろう、とは思っていた。
だから、悲しいとは感じなかった。
だから、怒りも何も感じなかった。
ただ、それじゃあさようならで別れるわけにもいかない。俺はこれからどうすればいいのか、と聞く前に、両親の後ろから綺麗な女の人が現れた。
『初めまして、中条聖夜』
眩いまでの白い肌に金髪。
スカイブルーの双眼を携えた女性は、その外見に反して流暢な日本語で告げる。
『貴方のその症状を治してあげるわ。今日中に退院できる。だから私の弟子になりなさい。魔法を教えてあげるわ』
※
「があっ!?」
男が苦言を言い終える前に、警告に来た下っ端が扉の外からの攻撃で吹き飛ばされた。背中から蹴り飛ばされた下っ端は、漫画のような動きで派手に回転し、室内の壁へと激突して動きを止める。
「な、なん……っ!?」
「失礼」
その光景を見て驚愕する男の心情を余所に、真っ白なローブに身を包み、白の仮面で顔を隠した人物が入室した。
※
その言葉に偽りはなかった。
何をされたのかもさっぱり分からぬうちに体調は回復。
両親の狼狽、医者の制止をも払いのけたその女性は、そのまま俺を自らの屋敷へと招き入れた。そう、屋敷。それも豪邸だった。驚きを隠せぬ俺に「隣の青藍市の高級住宅地に比べればまだまだよ」と言ったその女性の言葉には、更に驚いたわけだが。
……そういえば、そこで出会ったんだよな。
あいつに――――。
※
「なんだてめぇは!? どこの組のモンだ!? 何をしに来た!?」
パニックになりそうな心を必死に押さえつけ、男は口早に叫ぶ。
白い仮面の人物は、こう答えた。
「すまん。今なんて言ったのかもう一度言ってもらえるか?」
※
懐かしい記憶を思い出してしまっていたせいで、目の前にいる男が何を言っていたのかよく聞き取れなかった。
「すまん。今なんて言ったのかもう一度言ってもらえるか?」
「お前は誰だって聞いたんだよ!! ついでにどこの組のモンか何をしに来たのかも聞いたわ!!」
「質問が多い奴だ。1つだけ答えてやる。ここを襲撃した理由は、お前が今手に持っているものだ」
男が持つ魔法具を指さしながら続ける。
「正直なところ、お前たちには何の恨みもない。俺は、ただ『魔法具を回収しろ』と命じられただけ、……だったんだが、……それはちょっと違うっぽいな」
明らかに安物だ。
あれ?
これちょっと本格的にかわいそうなパターンじゃない?
「一応、全ての部屋はチェックしたはずだったんだが。隠し金庫とかあるなら教えてくれないか」
「教えるわけないだろ!! 馬鹿なのかお前は!! ど、どうやってここまで来た!? 部下たちがいたはずだ!!」
「それについても答えてやらないと分からないほど馬鹿なのか?」
答えなど、たった1つしかない。
馬鹿はどっちだという話だ。
「ふ、ふざけ――」
男はそれ以上喚くことなく崩れ落ちた。
殺しちゃいない。顎を打ち抜いて気絶させただけ。さっきも言ったが、別に恨みがあるわけじゃないからな。
俺の師匠に目をつけられてしまった己の不運でも恨んでくれ。
「……これで全部かな」
師匠に言われた人数はこれで無力化できたはずだ。
「終わったのね、お疲れ様」
それを見計らったかのようなタイミングで入室してくる。
「それで。……あったんですか? お目当ての物は」
「うぅん……。残念ね。ここならもしかして、とは思ってたんだけど」
頬に手をあて、悩ましいため息を吐く。
……あれから結構な年月が経った。俺とこの女性は師弟関係となって続いている。
「それにしても。突入して、わずか15分。それで129人が固めるアジトを殲滅。なかなか良いタイムになってきたわね」
「そりゃどうも」
「“呪文詠唱のできない”貴方がここまで育ってくれて、私は嬉しいよ」
「なんで急に老けたこと言ってるんですか」
そう。
俺は呪文詠唱ができない。
魔法使いとして見れば、完全に欠陥品だ。
最初にこの事実に気づいたとき、俺は呆れて笑ってしまった。魔法が使えるからという理由で両親から捨てられた俺が、まさか満足に魔法を使うことができないとは。
冗談にしたって、タチが悪すぎる。
「――――というわけだから、よろしくね」
「はい?」
考え事をしていたせいで、師匠の話を聞き逃してしまっていた。
「名指しで2つも依頼を受けるなんて貴方も隅に置けないわねぇ。タッチの差で依頼してきたのが速かった方を引き受けたから。まあ、向かう先というか仕事する場所はどちらにせよ一緒なんだけどね」
名指し?
依頼?
タッチの差?
何の話?
「え?」