Resurrection
自分は死んだものと思っていた。
与えられるのは簡素な食事のみ。狭い独房に閉じ込められ、拷問と人体実験の日々。研究者数人が「実験」と称して犯してきたこともあった。私はもはや疲れ果てて、抵抗できていなかった。身体はメスの切り傷と痣で血だらけになっていったが、奴ら学者共は何も得るものが無かったらしく、「徒労に終わったな」と話しつつ目も虚ろだった私を今度はカプセルの中に押し込めた。
ー これが、今覚えている全てのことである。
カプセルの中は凍えるほど冷たく、すぐに意識が遠のいていった。そこで私は悟った。ああ、私はこのまま死ぬのだ、と。度重なる実験の末、もはや自分がどこで生まれ育ったのか、親や友人はどんな顔だったか、そもそもそんな関係の人はいたのかなど全てが分からなくなっていた。そして、自分は何のために生まれてきたのかさえも。
それが、なぜ。
ー なぜまた目を覚まし、こうして意思を持って動こうとしているのか。
しかし、手足は全くと言っていいほど動いてくれない。まるで、本当に凍りついてしまったかのように。
私はチューブが四方に伸びたカプセルの中で眠りについていたらしい。ー どのくらいだろうかー 1年か、いや10年?それとも永遠?
それだけ眠っていたためか、髪は伸び放題で、身体も痩せ細っていた。そのせいで身体はろくに動かず、また助けを求めようと声を出そうとしたがかすれたうめき声しかでてこない。そして、そうこうするうちに広がる嫌な痛みー 手足を動かそうとして広がる骨が軋むような痛みとはまた違ったものである。その異質な不快感は瞬く間に身体中を駆け巡り、私はその苦しみと、声すら出せない情けなさで涙を流した。ー もはや私には涙を流すほどの水分も残っていないというのに。
その時だった。脳裏に顔の見えない男の像が映し出されたのは。
彼は言っている。「俺たちが泣いていいのは一度きりだぜ。ただ、その一度は本当に大切な人のためだけに使え。ー 大切な人のためだけに、一度だけ思いっきり泣け」
私は直感した。これは私に残された唯一の記憶。この人に会わなければ、と。どこの誰かもわからない。顔の部分は黒い靄で隠れてしまっている。しかし、これはきっとこんな状態になってしまった私への最後の使命。
この男の人に出会うこと。
私はなけなしの力を振り絞って手を伸ばし、手当たり次第カプセル内部の計器をいじった。作られた当初はテスト用だったのか、幸い内部にも緊急脱出用のスイッチがあったらしく、ハッチが勢い良く後方に吹き飛んでいった。
ー 私は言葉を失った。
そこには見渡す限りのさら地が広がっていた。木も草も水も一切ない。あるのは砂と岩だけ。周りに何もない大地にたった一つ、自分が今まで入っていたカプセルがぽつんと取り残されている。それだけが、かつてここにあった文明を感じさせる唯一のものだった。
私はカプセルの淵を弱い握力で必死につかんで上体を起こすと、鹿の足のように細い左足の膝を中心になんとか右足を起こして淵にまたがり、支点となっていた左足を離して自分の身を一気に外に投げ出した。地面に軽く叩きつけられる形となったが、それだけで骨が軋み、激痛が走った。それを唇を噛んで耐えると、地面を這いつくばり、ゆっくりと進み始めた。
まだ、死ねない。私には生きる目標が出来たのだから。
こうして彼女は、どこにいるかも分からない一人の男に会うため、途方もない道のりを歩み出したのである。