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真っ暗な、小さい部屋には長方形の窓がひとつだけある。他の無機物は一つとして存在しない。ただ、青白く浮かぶ窓だけ。そこから外の世界を僕は知らない。
ここには朝がこない、と彼女は笑う。彼女はよく、窓へ顔をよせ、そこから世界を見た。
僕はそんな彼女を捕まえて、どこにもいけないように縫い付けた。ここには窓しかないから、もちろん彼女を縫い付ける道具も無い。だから僕が針になり、糸になり、彼女の躯を刺して、糸を吐き出した。
章次、章次、と彼女は嬌声をあげながら僕の名を呼ぶ。
ここから外の世界を僕は見ない。ここの彼女がとてもきれいだから。
見る必要は、ない。
真っ白な光が射すこの部屋は、ものがあふれている。
光があふれ、机が、椅子が、人が、あふれている。同じ服を着て、同じ本を持った人たち。僕もその中のひとりであるはずなのに。どうしてだろう。同じなのに、同じになれない。
「おはよー」
「おっせーよ、千文!もうチャイムなるっつーの!」
あはは、と笑う彼女の声。”同じ”の集団にすんなり入り込んで、笑顔をばらまいて同化する。僕とは一切目を合わせずに。
ちがうだろ?僕は彼女に言葉を投げる。あの部屋で彼女は僕しか見なかった。僕にしか笑わなかった。僕の名前しか呼ばなかった。
この部屋では、僕の針も糸も彼女には届かない。それを欲しがる彼女もいない。
チャイムが鳴れば、”同じ”の集団はガタガタと決められたいつもと同じ席に着く。
僕の右には窓がある。左には彼女が座る。
ここには夜が来ない、と僕は思う。僕はよく、彼女から目を背けて世界を見た。
でも、本当は彼女が見たかった。
ここの彼女は綺麗だ。あの部屋の彼女よりもずっと。
僕はこの世界の彼女を知らない。彼女が僕をなんて呼ぶのかも知らない。
知る必要は、ない。
今日も僕は針を刺して、糸を吐く。真っ暗な、小さい部屋の窓の下。
千文、千文、と彼女の名を呼び、彼女の偶像に溺れながら。
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