白の吸血鬼
はじめまして。サリエリです。
序説はブログからの転載です。
書きかけ推敲中のショートストーリーを、いいから載せちゃえという試み。
元は20年前のリレー小説や、小学生の時に書いていた妄想舞台や設定を昇華させたものになり、少々カビを払って出してきました(笑)。
なるべく未公開の要素を絡めています。
9月中ごろ、大阪に行く前にぽちぼちスマートフォンで書いてたものと、その続きの書きかけです。
タイトル出オチですが、本当のオチまで書き切れたらいいなあな所存(^^;
推敲中なので掲載後も、細かく直しを入れる可能性大です。
こんな内容ですがよろしくお願いします(^^ゞ
「すっかり吹雪いちまった…地の精霊の力さ働いているうちに、村の方さ降りねえと…」
ザク、ザク…。
深く積もった雪を踏みしめながら、進む猟師の男がいた。
このところ暖かい日が続き、勘違いして冬眠から目覚めた熊を仕留めた帰りのことだった。
いつもならば深追いしないのだが、熊がつがいだったために、手間取ってしまったのだ。
気が付けばこの有様だ。
いつもならしないミスだが、遭難者を探しに来ることもある慣れた雪山のこと。土地の精霊の加護を得ながら、着実に人里へと歩を進めている。
−−筈だった。
男から、ほんの僅かな距離。
雪の嵐でかすむ目の前、ひときわ際だつ白い人影が突如としてよぎった。
「ん……?」
赤い、双眸。
人ならざるもののまなこに見定められ−−ぞくり、と、寒さとは異なる種類の悪寒に襲われる。
その白い影が嗤うかのように開いた口には、ぎらりとした牙が覗いていた。
影は男に向かい、その手を、まるで招いているかのように伸ばす。
やたらと爪が長い。
「か、か、か…」
ぼさっ。
がくがくと震え、尻もちをつきながらも立ち上がりを繰り返し、まともに言葉にならない。
「ゆき、ゆ、雪女っ…!」
慌てて踵を返し、逃げ惑うも。
ずるり。
足元が滑り、林の脇の斜面に滑り落ちてしまった。
「うわああ−−ッ……」
そのまま勢いよく……、白く深い闇の淵へと消えていった。
男の叫びは、吹雪の音にすぐにかき消される。
残った白い影は、伸ばした腕はそのままに、男が滑り落ちた方をみやると……。なにやらしょげたように肩を落とした。
−−また、やってしまった……。
瞬時にその姿が、白い霧のようなものへと変化する。
この雪の中では、姿がかき消えたようにしか見えなかった。
男が滑り落ちた、小谷の底。
どこか折りでもしたのだろうか。気を失って倒れている男の傍らにその姿を現すと、男の様子を見やり、腕をまくる。
猟師の獲物道具と荷物を背負い、男の体を、その細い両の腕で抱え上げた。
「雪女じゃないんだけどな……」
赤かった双眸はふっと人の眼を取り戻し、落胆するかのように、恐怖と苦痛に歪んだ男の顔を見つめた。
吹雪に遮られ、発した言葉が届かなかったのだ。
「誤解される服を、変えたいだけだぅたんだけど」
白い、和服めいた白装束。
この土地−−ミルフェ山脈のお膝元では、このような東方の民族衣装が、伝統文化としてポピュラーに出回っていた。
猟師も、装備の上からでは分かりづらいが、おおよそそのような装いをしている。
雪女。
確かに、見ようによっては女のようにも見えるかもしれなかった。
もっとも、誤解されるのは服のせいだけではない。
異様に青白い肌。白く、雪風に乱れ表情がはかりづらい、長い、髪。雪に血が舞い落ちたような、艶やかな口元。ややつり目がちの二つの瞳。
だが、決して彼は東方の伝承にあるような雪女などではないのだった。
「悪いが……少しだけ貰うぞ」
ばさり。
白い髪をかきあげると、なるべく男の体の目立たぬ部分……二の腕の脇側あたりへと口を付ける。
ぷつり。と、口元に血が滲む。
ほどなく口を離すと、あらかじめ取り出しておいた絆創膏のようなもので、男の腕に処置をした。
「うっぷ」
彼は少食だった。
−−やっぱり、若い良い血じゃないともたれるな。
そんなことを思いながら……、さくり、さくりと、普通ならば考えられぬ軽い足取りで、豪雪の中男の巨体を抱え、最早慣れきってしまった山を降りた。
猟師の折れた骨の処置を、どうするべきか考えながら……。
次に猟師が目覚めた場所は、雪山の谷底でも冥府の底でもなく、麓の山小屋の、暖かい暖炉の側の毛布の中だった−−。
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「見ただよ…」
「うわあっ! なんや!」
ワーラル地方。
かつてこの地の危機を救ったとされる東方の勇者が王として祭り上げられたために、代々編成されることとなった、中央大陸随一の忍者の里。
そこに編成されたいくつかの流派にわかれた忍軍の、修練場のキャンプ兼、警備支所という名の僻地お役所事窓口。
いろいろ兼ねているが、藁ぶき屋根や長屋の立ち並ぶ家々の横に、それはあった。
この地方は大陸の文化からはかけ離れた、東方大陸由来の文化がこれでもかと浸透していた。
その文化はもとより、ワーラル忍軍の名に示される通り、よその地方ではおよそ及び知れぬ、極めて特殊な軍が配備されていた。
ひらたくいうとニンジャである。
この近代においてもなお、それは機能し、実運用されていた。
もっとも、この広い中央大陸のこと。物珍しいことに変わりはないが。
この大陸の名は、いまや由来を知るもののほうが少ないが、フリーズ・ローズ大陸といった。
この忍者の軍は、時として諜報部隊や遠征軍として動くことも多いが、主な産業といえば民芸品や数ある特産品、季節折々の観光などであり、ここワーラル自体は極めて平和なものであった。
しかし、冬は別だ。白く、閉ざされる季節。標高が高く盆地なこともあり、一年のうち半分は寒冷であるこの土地では、冬の警備は大切な任務であり、忍者の訓練にも適する季節であった。
「おらぁ見ただよ……」
「ミタ、ミタって、おっちゃん、自己紹介はもうええわ!」
「ギルバート殿、違います。この男の名は……」
「わかっとる。空気読まんかい」
すぱこんっ。と、持っていた安っぽい素材のメガホンのようなもので側近の男をはたくと、
「で、何を見たんや、おっちゃん?」
返答次第では只では済まさないとでも言うかのように、少し声のトーンを落としながら、ギルバートと呼ばれた忍び装束の男が問う。が、いかんせん迫力がない。
男というより、年端もいかない少年に見える背格好の小さな彼は、ぱっちりした悪戯めいた目の愛嬌のある顔と声変わり前かのような声、そして浅黒い褐色肌に、少し尖った耳を持っていた。この尋問も、はたから見ると子どもが聞いているようにしか見えない。
しかし、彼は仮にも忍軍を束ねる立場にある軍団長である。やはりご当地ではそれなりのハクがあるのだ。
「そ、それが。信じてもらえるかわからねえですけんども」
対する相手は、右腕を包帯でぐるぐる巻きにした、ずんぐりむっくりの猟師である。雪焼けした肌に、屈強な巨体を持っているが、その顔は今にも震え上がりそうな恐怖にゆがんでいた。
「ゆ、雪女を、見た、ですだ。それも、とびきり、恐ろしい目をしとった。まるで、取って喰おうとでも、するようでしただ…」
ぶるる。と、取って喰うのが生業である筈の猟師が震え上がった。
「雪女かぁ」
対して、拍子抜けしたかのような顔で真横にいる側近をちらと横目に見ながら、ギルバートが反すうする。ほんの僅か、頷く側近。
「ほ、本当ですだ! 気がついたらおらあ、あの山小屋さ寝ちょって…! 腕はこの通り腫れとるわ、獲物は無事だわで…話に聞く雪女の仕業に違いねえ。狐につままれたような話ですだが、正真正銘、本当ですだ!」
きょとんとしつつ、必死に訴え続ける猟師を両手で制しながら、
「ああ。ああ、わかっとる、別に信じとらんわけやないからね、おっちゃん。ほんまやで。もうちょい詳しい話はこれ、こいつが聞くさかい。ほれ、はよ案内せんか」
「承知」
側近のひとりが猟師を促し、土間からその姿を消した。残ったのはもうひとりの側近に、下忍がひとり。
ギルバートは、ここワーラルや、ミルフェ山脈近郊の地図が広げられた台に手をつき、ふう、と息を吐く。ポータブル式の暖炉では、炭火の熱が紅く、静かにゆらめいていた。暖炉の天板では金だらい桶に汲まれた水がお湯となり、しゅんしゅんと蒸気を生んでいる。ついでに芋でも焼けそうだ。
必要とあらば自白剤を炊くこともできる暖炉だが、使う必要もないため中身はただのお湯だった。ただのといっても、忍者が使う水のこと。規格外の毒を入れたらすぐに色が変わるなり、化学変化を起こすような「ただのお湯」を沸かしている。充分常軌を逸しているかのように聞こえるが、様々な忍術や秘伝を伝統としてる彼ら忍者にとっては、これがただのお湯であり常識であった。
「去年より随分立て続けやんか、なあ。これで何件目や?」
「丁度、片手ぶん。5件目でござりますか」
地図には、赤、黄、緑、青、薄墨のレ点がいくつか点在していた。遭遇地点を示しているものもあれば、事故や遭難などが確認された地点を示しているものもある。集落の雪山周辺での事件を指し示した図面であった。ところどころ、紺の薄墨の細筆で、注釈が書かれている。
「人手が足りん言うても、まーだ捕まっとらんなんてな、名折れなこっちゃ、なあ?」
「然りて」
猟師でなくとも、忍者にも捕り物はある。が、相手は忍びの技を盗んで姿を眩ます抜け忍でも、情報を操作せんと暗躍する曲者でも、犯罪者でもない。
集落のものたちが口々に口コミで話し広めた“妖怪”ーー、“雪女”であった。
しかして、その犠牲者たるや死人は皆無。どころか、最後に気を失ったのとは真逆の、今回の猟師の時のような暖かい山小屋や、集落にほど近い場所で発見されるという奇っ怪な有り様に、無信心ものの多いーー信仰をもたぬ者であるーーここワーラルの地の住人にとっては、却って気味が悪い要素であるらしく、やれ、通りすがりの僧侶が神の加護だ、やれ普段の行いの賜物だといくら説いても、依然と納得しないのである。
というのも、雪女の祟りだとある意味もてはやす原因にもなっているのが、とある領地の地所持ちの男の一人娘が、件の雪女に遭遇した折から虜のようになり、日々恋煩っているのを快く思わぬ地主が騒ぎを不必要に煽り立てているのもまた、事実であった。
最初のうちは天候のよい時にも現れたらしく、その面持ちたるや、娘いわく、それは大層な美形であるらしかった。ここ一帯の地主である父親の、年ごろである娘が惚れたのが馬の骨にもならぬ雪女とあっては、なにやら悪者にしないことには腹の虫が収まらないらしい。
そんなわけで、今日もまた“不届きなる事件”は起こり、忍者の軍団長たるものが呼びつけられては、ある意味平和に警備詰め所へと詰めることとなる。
軍に属した忍者は探偵でもなければ、妖怪のような魔物の退治を喜んで引き受ける冒険者でもない。
つまりは、こういった事件は専門外であった。
専門のを呼んでくるにしても、こう雪に閉ざされていれば、生憎シーズンオフである。
余程の物好きか規格外のもの、腕の立つものなどでもなければ、雪原や雪山地帯の冒険は避けられてしまう。
結局、一帯を牛耳る軍の役割として、自分たちでなんとかするしかなかった。