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有珠はピンク髪の美少女…,というかどういう訳か今は青髪になった美少女に連れられ、カフェテリアで食事を取っていた。
例によって自分がいた世界とは見た目が大きく異なる。しかも少女の部屋はSFチックだったのに、ここで会う人々や見る建物は点でばらばらであった。
中世ヨーロッパ風の格好をしている人間もいれば、東洋風の格好の人間もいるし、ビジネスマン風の人間もいる。中にはファンタジーの世界で見るような獣人のようなものまでいた。カフェテリアにくるまでの間、驚きの連続であったが、ここではこれが当たり前らしい。
そして少し観察し、わかったこととして、ここの住人は格好こそ、ずいぶん独特であるが、エルシーほどではないということだ。少なくとも自分が驚くほどの突拍子な行動を取る人間は今のところいない。その上、風習事態も大差ないことがわかったので、少し安心することができた。
要するに,この世界で始めてみた目の前の少女が特別個性的であっただけらしい。街の中でも、すれ違う人の多くはこの少女を見るたびに振り返っていたことからも,やはり彼女が特別変なことが推測することができた。
そして今現在,二人で向かいあって座れるカウンターテーブルのところに陣取っているのだが,落ち着いた雰囲気のこのカフェでは、この少女はあからさまに場違いで,そのため異常に目立っている。もちろんこの少女が特別美少女であることも目立つ要因の一つではあるのだろうが,それ以上にとにかく変なのである。
「あの…、それで…、さっきの…、話なんですけど、あなたが私の世界の神って・・・?」
周囲の視線は気になるものの,話さないことには状況がさっぱりわからないので,有珠はおずおずと切り出した。
「ああー、ちょっと待って。そういやあたし、自己紹介してなくな~い?」
急に思い出したように話す少女。
「あたしの名前はエルシー。エルシー・リェーブルパン。よろしくね!あなたはアリスで、あたしはエルシーって偶然ね。」
エルシーと名乗った少女はニコっと笑顔で手を差し出す。
有珠は、Aliceというスペルをアルファベットを一つ一つ読むと、エー、エル、アイ、シー、イーなので、続けて読むとエルシーに近い感じになり、外国ではその愛称で呼ばれることがあるらしいことをなんとなく思い出す。おそらく目の前の少女はそのことを言っているのだろう。
あって間もないが、有珠はエルシーの頭の回転はすごく速いのだろうと感じていた。しかし、いろいろ省略しすぎるので、自分だけでなく周りの人たちは理解できないのでないかなぁと、差し出された手を握りながら有珠は思った。
ついでに言うと日本生まれの自分はローマ字でArisuと書く。しかしそれを指摘すると面倒くさくなるタイプのように思えるので、とりあえず、それには突っ込まないことにした。
「・・・よろしくお願いします。」
よろしくお願いすべきなのか、やや疑問に思いつつも有珠が握り返すと
「よろしくね、アリスちゃん!私のことはエルシーでいいわ。歳はあなたの方が上みたいだし。何ならエルエルとか、エルちゃんでもよろしくてよ、お姉様~♪」
そういって、エルシーは右手にさらに左手を重ねぶんぶんと腕を上下させる。
「さて!さっきの質問なんだけど、神といったのはなんとなくかっこつけただけなのよね。半分くらいはあってるかしら?」
エルシーはそういうと、一口カフェオレを飲む。
「半分は神様?」
「うーん。そうね。若干説明するのが面倒くさいんだけど・・・。ええーとアリスちゃんは、文学少女Gよね?・・・哲学とか好き?」
また話しが飛んでいるように思えるし、文学少女Gというのは、よくわからないが、今のところはそれを保留にして有珠は答える。
「いえ、ちょっと参考にしたいことがあって、有名な哲学者の考えがまとまっている本を読んだことがあるくらいですけど・・・」
「なるほど〜♪じゃあ、本の中の世界や、映画の世界に迷い込んだりする話って本で読んだり、映像で見たりしたことない?」
「ええ、それなら。そういう話は結構好きで・・・」
エルシーは何かを確信したようにニヤニヤしながら言葉続ける。
「アリスちゃんは、実は自分は誰かの作った小説の登場人物なんじゃないかって考えたりする類の人間でしょ?物足りなさを感じている思う春の期間の人だもんね!絶対そうよね!決まっているわ!日々、素敵なことが起こらないかなぁなんて恥ずかしいことを思っている子でしょ?」
ずばり言い当てられ、徐々に赤くなっていくアリスの顔を見て、意地悪そうにさらに続ける。
「空から女の子が降ってきたり・・・、ああ、あなたの場合は男の子が降ってくるのか?もしかして腐女子って言うやつ?腐女子ってやつなのね!・・・まあ、良く知らないんだけど。・・・あとは助けた猫が恩返しにきたり?バス停にずぶ濡れお化けが現れたり?さあさあ、認めちゃいなさいよ♪楽になるわよ~♪」
なんだか主旨が変わってきているようにしか思えないが、放っておくと、よくわからない辱めを受け続けそうだ。
「・・・ええ。・・・腐女子って言うのは聞いたことあるくらいで、はっきりとした意味はわからないですが、それに近いことは空想します・・・。物語の住人は別のところで生きているんじゃないかなぁとか考えたり。」
「うしっ!あたしの勝ち!さすが文学少女G!やっぱり妄想癖がある乙女なのね!さすがあたしが見た目で選んだだけあるわ~♪優秀、優秀!つまり、そういうことなのよ。はい、説明終~了~♪」
よくわからないがガッツポーズを決めると、自分勝手に説明の終了宣言をし、サンドウィッチを小さな口でもごもごとかじりはじめる。
「ちょっと待ってください…。何を聞けばいいのか考えるので…。」
うーんとアリスは微妙に頭痛が起きているような気がする頭を抱え,エルシーのいうこっちに連れてこられてからのエルシーの言動を材料に、状況を推理する。
思考すること3分。沈黙が続く。一応,気を使って有珠の思考を邪魔しないようにしているのか,目の前にいるおしゃべりな少女も特にしゃべりはしない。しかし,既に飽きている様子で,足をぶらぶらさせながら,何やらポシェットをごそごそしている。
有珠的にはかなり早い段階で結論は出ていたのだが、それでも馬鹿げていると思い何ども考え直してみたが、やはり同じ結論であった。
それにこれ以上待たせると,目の前の少女の気が別のところにそれてしまいそうな気もしないでもない。これ以上考えていても無駄だろう。
「なんだかよくわからないんですが…、えーと、つまり、私がいた世界は物語の世界で、しかもあなたが作者ってことですか?そして私は、あなたの世界に連れて来られている?」
アリスがそう聞くと、エルシーは目を輝かせて、大げさにうなづく。ついでに縦ロールも生き物のようにぴよんぴよんと伸びたり縮んだりしている。
「そそ!わかってんじゃない!さすが、設定“頭の回転が早い”ね!まあ、正確にはあたしが脚本と監督をしたアニメなんだけど。」
「ア、アニメ!?」
アリスの予想より、さらに飛んでもない答えが返ってきて、思わず大声を上げる。