さようなら
綺麗でしょうと少女は言い、綺麗だなと怪物が答えました。
それは滝でした。水が上から下へと一生懸命に落ちてきます。落ちた水は下流に向かって流れて行き、それが延々と繰り返され、永遠と見紛う程に美しい風景を作り出していました。
こんなにも綺麗な場所ですから、少女の言う通りここは素敵な場所でした。素敵な場所で二人は肩を並べて座っていました。
「やっと着いたわね。私の言っていたことが判るでしょう? この森は素晴らしい所なのよ」
「そうだな。素晴らしいかもしれない」
「じゃあここで暮らしましょうよ。私、あなたとなら上手くやって行けそうだわ」
少女は提案します。
「いいや。俺はここから出て行くよ」
怪物は少女の提案をあっさり却下しました。きっぱりと拒否しました。今までにない程にしっかりと言葉にしました。
少女は豆鉄砲を食らったような顔をしました。そして膝を抱えて眉を下げてしまいます。
「何故? 素晴らしいと思えたなら、出て行く理由なんてないじゃないの」
怪物の隣で泣き出しそうな声が聞こえます。
「俺は町へ行くよ。殺されるかもしれないが、そうしたい気分なんだ」
怪物はきちんと決めたのです。友人の育った町をひと目みたいと思い、思うだけでなく実際に見てみることに決めたのです。
「そんなことを言わないでよ。町は詰まらない場所だし、あなたにはあそこで生きて行く強さはないはずでしょう? 私は臆病者のあなたが好きなの。強くなったあなたなんて嫌いよ」
「俺は強くない。強くなれる気すらしない。だから弱いままで生きて行くのだ。弱いのは仕方のないことだ。そう生まれついたのだからな。ただ、友人の故郷を見てみたいと思ったのだ。町へ行く理由はそれだけだ」
強くないと言った怪物でしたが、彼は強くなっていました。狼を殺した罪を背負ったのですから、強くなれないはずはありません。体だって背負ったものが重ければ重い程筋肉がつきます。それは心も同じなのです。
「判ったわ。でも時々でいいから会いにきてね? 私はあの小屋に居るから、きっと会いにきてね? 約束よ?」
「ああ。約束する。きっと会いに行くよ」
二人は指切りをします。怪物の大きな小指と少女の小さな小指がしっかりと合わさりました。
「さらばだ」
怪物は立ち上がり、少女に背を向け森の中へと消えて行きます。
「さようなら」
少女は再会を願う言葉でもって怪物を送り出したのでした。