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ほがらかさん

 森は植物達が幅を利かせており、二人の行く手を阻みます。

 怪物は、結局戻ってきてしまったなとうんざりしました。

「何であんなに怒っていたのだ?」

 怪物は少女に聞きます。

「怒っていたって何が?」

「ケダモノに対して怒っていたではないか」

「しつこいわね。別にそういう訳ではないと言ったじゃないの。大きなお耳をしているのに、聞こえていなかったの?」

 少女は辟易したような顔をします。

「よく判らないヤツだな」

 これ以上追求すると本当に怒られそうだったので、怪物は肩をすくめて話を打ち切りました。

 道は段々と平坦になり、二人は獣道に入ります。

「近くに何かの住処すみかがあるのかしらね」

 少女は言います。

「小屋に住んでいる人間では無いのか?」

「そうかもね」

 どうやら二人は、早くも宝への道を発見したようでした。

 獣道は草木を分ける必要がないので、楽に進むことが出来ます。

 左右の草が濃くなった頃、二人は足音が一つ増えていることに気が付きました。怪物は何だろうと思い、後ろを振り返ろうとします。すると、それを少女が窘めました。

「振り返っては駄目よ。食べられてしまうわ」

「何にだ?」

「あなた、よく今まで生きてこられたわね。狼よ。着いてくる狼は振り返った者を食べる習性があるの」

 少女が注意をすると、後ろから、その通りでございますと言う声が聞こえました。澄んだ小川のように綺麗な声です。

「ですから、そのままお行きになって下さい。振り返ってしまえば、ワタクシにとってもあなた方にとっても不幸となりましょう」

「何故お前が不幸になるのだ」

 狼は当然狩りの為に後を着けてくるのでしょう。怪物と少女が振り返らなければ、食べ物にありつけないのです。ですから、狼からしてみれば、二人が振り返らないことこそが不幸であるはずなのです。

「何故って……それは……」

 狼は言い淀みます。

「恋だね!」

 はきはきとした、活気にあふれた声が怪物の横から放たれました。

 それは紛れもなく、少女の声です。

「狼さんは怪物くんのことが好きなんだね! それこそ食べちゃいたいくらいに好きなんだね! でも食べちゃったら怪物くんが消えちゃうから、ジレンマで苦しんでいるんだね!」

 怪物はまたも唖然としました。こうもころころと顔を変えられてしまうと、今後どう接して行けばよいのか判りません。

「お前はまた……」

 怪物はぶつぶつと少女に何かを言おうとしましたが、狼がそれを遮ります。

「そうなのです。仰る通り、ワタクシは恋をしているのでございます。悲恋でございます。ワタクシは全く以て、自分の身の上を呪うばかりなのです」

 怪物はうんざりしました。

 好意を持たれることは素直に嬉しいことではありましたが、触れられない好意というものは寄せられた所で、苦しいだけなのでした。悲恋だと判っているならば諦めればいいのにと、そう思いました。

「なら今ここで、気持ちを伝えておくべきだね! あなたもちゃんと応えてあげないと駄目よ」

 少女は怪物の腰を肘で突つきます。

「そんな! 女から言い寄るなんて、破廉恥ですわ」

「私はそんなことないと思うね! それにちゃんと伝えないと、怪物くんは何時まで経っても後ろを振り向くことが出来ないよ。そうしたら怪物くんだけじゃなくて、他にも色んな人に迷惑がかかっちゃうね!」

 少女のその言葉で、怪物は恐ろしくなりました。一生振り返ることが出来なくなるなんて、それはもう不便なことです。道を引き返すことだって出来なくなります。そうなれば回り道をしなければなりませんから、余計な労力を費やさなくてはならないのです。


「勘弁してくれ…」

 怪物は二人に聞こえないくらい小さな声で愚痴をこぼします。

「そうですね。ご迷惑をかけてしまうのは忍びないことですね。判りました。怪物さん、どうかワタクシと添い遂げて下さいな」

 狼は勇気を出して思いの丈をぶつけます。

 怪物は困り果てました。怪物は狼の気持ちに報いるつもりはありません。しかしそうなれば、繊細な狼に対してどう返事をしたものか判りません。

 怪物は背筋を伸ばしたまま、動けなくなってしまいました。声も出せません。

 姿の見えない狼が怪物の後ろで存在感を確かにしているのが判ります。少女には目もくれず、ジッと怪物の生涯を狙っているのです。狼はどんな顔をしているのでしょうか。

 眉間に皺を寄せて目をさんさん々と光らせているのか、眉を下げて悲恋を呪っているのか。


 気になった怪物は振り返ってしまいました。ほとんど無意識でした。怪物には誘惑に勝つ力すらなかったのです。振り返りたいと言う想いに、抵抗すらしませんでした。いいえ、抵抗しようなどと思いつきもしませんでした。

 視線の先。怪物の立っている場所から少し離れた木の根元に、げっそりとやせ細った醜い狼が鎮座していました。悲しい顔をしています。少し驚きの表情もありました。

 狼はきっと、理不尽を感じたに違いありません。

 目が合うや否や、大きな口を開けて迫ってきます。しまったと思った時、少女が前に立ちはだかり、狼の横っ面を拳でもって殴りつけました。狼の体は吹き飛び、樹木にその身を打ち付けます。少女は間髪を入れずに大きな石を手に取り狼に股がると、華奢な腕を振り上げ、何度も打ち付けました。

 狼は絶命しました。少女の白い服は血で染まっています。

「死んじゃったわね」

 怪物は唖然としています。

 そして自分のせいだと思いました。自分が振り返ってしまったから死んでしまった。

「どうして振り返ったの? あなたはただ、言葉で彼女を拒絶すれば良かっただけなのに。そうすれば彼女は死ななかったのに」

「殺したのはお前だ」

 怪物は心にもないことを言いました。

「そうね。殺したのは私よ。でも切っ掛けを作ったのはあなたでしょう?」

 少女はあくまで穏やかでした。

「すまない」

「あなたは自分の罪を自覚しなければならないわ。自覚して、認めなければならないわ。どうして振り返ったの?」

「顔が見たかったからだ」

 怪物は正直に言います。

「顔? 顔を見てどうするつもりだったの? 顔を見た所で、あなたの状況は変わらなかったはずでしょう?」

 何も言い返せません。だって少女の言うことはあまりに正しかったものですから。

「自分でも何故振り返ったのか判らないの? なら私が教えてあげるしかないわね。良い? あなたは死にたかったのよ」

 良く判りません。死にたいと願う者がこの世界の何処に居るのでしょうか。怪物は首を捻ります。


「あなたは責任から逃れようとしたのよ。いえ、逃れるどころか彼女に押し付けようとしたの。振り返ることで、問題をすり替えようとしたの。いけないことよ。いけないことだから、私はあなたを助けて、罪を作ってあげたわ。悔やんでね? 逃げずに一生懸命悔やんでね?」

 怪物は頷きました。そして頷いた自分に少し驚きました。こんなにあっさり罪を受け入れられるとは思わなかったからです。自分は小さな責任にさえ臆病になってしまうほど弱虫なのに、何故こんなにも大きな罪を受け入れることが出来たのだろうと、そう思ったのでした。


「それで良いわ。いい子ね。彼女は食べましょう。ここにはそう言うルールがあるのでしょう?」

「ああ」

 ここは森の中です。自分が殺した者は食べなくてはなりません。自分の満足のいくまで食べなくてはなりません。

 二人は横道の草をかき分け、二人分の空間を作ると、火を焚き、狼をその中へ放り込みました。

 狼の肉は塩もかけていないのにしょっぱくて、怪物はまるで責められているような気分になりました。

 しかしそれでも狼の肉は美味しいのでした。

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