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怒りん坊さん

 てくてくてくと、少女の背中を見ながら怪物は渓谷の道を行きます。


 少女は軽快に足を進めます。

 怪物は疑問に思います。少女は村の方から来たのですから、村娘であるはずです。村の人間で、森に近寄るのは狩人だけなのですから、この少女がここに居るのは不自然です。幾ら強いとは言え、狼や山の怪に出会ってしまったらひとたまりもありません。

 怪物は慎重に尋ねます。

「お前は何故森のことをよく知っているのだ。人間はここにはあまり来ないのに」

「この辺は私の散歩道なの。町からだとちょっと遠いけど、私は散歩が好きだからあまり気にならないわ」

「お前は町から来たのか?」

「そうよ」

 どうやら少女は町娘であったようです。村よりももっと向こう側の海の方に町はあります。町はとても忙しく、四六時中人が行き交っている所です。

 町娘である少女の見た目は、十七八と言った所でしょうか。その歳ならば、もう働いていてもおかしくはないし、結婚だってしていてもよいはずです。こんな山奥で悠々と散歩をしているだなんて、生活に余裕がなければ叶わないことでしょう。


「お前は働いていないのか?」

「働いてないわ。誰が働くもんですか。町の人達は働くことが偉いことだと思っているようだけれど、私は騙されないわ。只生きていく為にお金が必要だから働くだけで、一生分のお金を渡されたら、彼らは直ぐに働くことを辞めるわ。働くって大変なことなの。とにかく苦しいのよ。町には心ない人間が沢山居るから、その人達と一緒に働くことは本当に苦しくて、馬鹿馬鹿しいことなの」


 ならば彼女は一生分のお金を持っているということなのでしょうか。怪物は知れば知る程、少女のことが判らなくなっていきました。

「ではお前はどうやって生きているのだ。嫌でも、働かなければ生きてはいけないぞ」

「私は今日からこの先の森で暮らすの。町にはもう戻らないわ。町は私には合わないもの」


 たくましい娘だなと怪物は思いました。怪物は村にも、森にも居場所がありません。居るべき場所を選び取り、堂々と振る舞う少女は、怪物の目にとても輝いて映るのでした。

 少女と怪物が話していると、いつの間にやら舗装された道に入っていました。左手は木々が生い茂っています。右手にはガードレールが張られており、その先は断崖になっていて少し危険です。


 二人は一本道を進みます。


 しばらく歩くと、分かれ道にぶつかりました。

「どちらに行けばいいのだ?」

「さあ」

 少女は肩をすくめます。

「どういうことだ? お前はよくここに来るのではなかったのか?」

「私、方向音痴なの。この道も通ったことのない道だわ」

 もう少し早めに言ってほしかったと怪物はため息を吐きました。

 こんなことで素敵な場所とやらに着くことが出来るのでしょうか。

「だいたい方向音痴なら、お前は何時もどうやって町に帰っていたのだ」

「適当にぶらぶらしていれば、何時かは着くわ」


 少女は相変わらず飄々としています。

 空を仰ぐと、道を分けている断崖から、何かが降りてくるのが見えました。

「おんやあ。こんな所に素敵なカップルが何の用だい? ここでは素敵な物は食べられちゃうんだぜ。あ、そうか。あんた達は食べられに来たんだな。だから素敵なんだな」

 現れたのはケダモノでした。ケダモノは病的な表情でゲラゲラと下品に笑います。

 ケダモノは痩せっぽちで、臆病者の怪物でも恐るるに足りないなりをしているのですが、何故だか不気味な雰囲気を漂わせています。


「何だお前は」

「ギャハ! 旦那、オイラを知らねえのか? オメデタイねえ。新参かい?」

 どうやらケダモノはこの界隈では顔の知られた存在であるようです。

「オイ」

 怒りの篭もった声が怪物の隣から聞こえます。ケダモノの声ではありません。

 怪物は驚いて声のする方を見ると、少女がまるで鬼のような顔をしてケダモノを睨みつけていました。

 そして少女はケダモノの首根っこを掴むと、熊のように凄んでみせます。

「キタねえケダモノがべらべら喋ってんなよ。耳が腐るから黙れ。お前は聞かれたことだけ答えりゃあいいんだ。いいな?」

 これにはケダモノも驚きを隠せないようでした。今にも泣きそうな顔をして命乞いをしています。

「オイ、道を教えろ。この先は何処に続いてる」

「ひい! 殺さないで!」

 ケダモノは涙を浮かべています。

「殺されたくなかったら答えろ」

「右は公園です。渓谷公園に続いてます」

「左は?」

「それはヒミツです。簡単に教える訳にゃあいきません」

 ケダモノは今までの恐怖が嘘のように、ゲラゲラと笑い出します。

 少女は眉間の皺を濃くして、更にケダモノを締め上げました。

「ぶち殺す」

「ウソウソ! 冗談です! 言いますよぉ。左は森に繋がってて、お宝があるってハナシです」

「宝だあ? 宝って何だよ?」

「さあ。そりゃあオイラにも判りかねます。噂ですからね」

 怪物は会話に入ることができません。少女が本当にケダモノを殺すのではないかとヒヤヒヤしています。

「本当なんだろうな?」

「本当です! 森を進むと人間が建てた小屋があって、そこにお宝が眠っているとか何とか。見つけたヤツは一人も居ません」

「見つけたヤツが居ねえなら何で宝があるなんて判るんだよ」

「人間と一緒に住んでいた山猫が面白半分に流した噂ですから、真偽のほどは確かじゃあありやせん。しかしロマンのある話でしょう?」

 少女は、ふんと鼻を鳴らすと、ケダモノを解放しました。

「もういい。行け」

 ケダモノはジリジリと後ずさりをすると一目散に右の道へと駆けて行きました。

 怪物はおどおどしながら聞きます。

「お前はそんなにあのケダモノが気に入らないのか?」

「別にそういう訳ではないわ。そんなことより、私たちは左の道に行きましょう。お宝とやらが気になるわ」

 少女は本来の目的を忘れているようでした。

「俺たちの目的は宝ではないだろう」

「寄り道くらい良いじゃないの。どうせ素敵な場所は森の中にあるのだから、ついでに調べて行きましょう」


 少女は歩き始めます。怪物は何が何やら判らないまま、少女の後を追いました。

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