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こんにちは

 深い深い森の奥。大きな樹の下で、一匹の怪物がひざを丸めていました。

 怪物は醜い姿から村の人達から嫌われて、たった一人ぽっちなのでした。

 怪物は自分の不幸を嘆きます。

「何故俺は不幸なんだ」

 みにくい姿であるのは自分のせいではない、怪物はそう思うのでした。

 怪物はうつうつとした気持ちで大きな樹を見上げます。

「お前は何故こんなにも力強いのだ。お前は何も食べないのに」

 大きな樹は何も答えません。ただ、太い幹がぎろりと怪物を睨みつけるばかりでした。

 怪物は立ち上がり、樹のそばを離れます。たくましい命を前にしたら、なんだか自分が惨めになってしまったからです。

 そもそも、この森にある全ては生命力に溢れ、怪物にはそれらが、逃げるなと自分に語りかけているように思えたものですから、最初から居心地が悪かったのです。

 のろのろと森を抜け、渓谷まで辿り着くと、吊り橋の向こうから誰かが歩いてくるのが見えます。

 怪物は驚いて岩陰に隠れました。

 歩いてきたのは髪の長い少女でした。

 とても綺麗です。怪物は嫌な気持ちになりました。きっとあの少女は誰からも愛される存在なのだろうと思いました。そう思うと、あの少女が憎くなり、八つ裂きにしてやりたくなります。


「そこに居るのは誰?」


 少女は誰ともなく呟きました。怪物は心臓が飛び出る程に驚きましたが、自分は少女から見えない所に居るのだから慌てる必要はないと思い、胸を撫で下ろしました。


「そこの岩陰に居るのは誰? 影が見えているわよ」


 怪物はギョッとして太陽の位置を確認します。確かに太陽は怪物を照らし、岩から影をはみ出させているのでした。

 逃げることは出来ません。何故なら怪物は足が遅いのです。

 それとも人間ならば振り切れるでしょうか。

 怪物は頭を悩ませます。

 思うままに八つ裂きにしてやろうか。いやいや八つ当たりはいけない。じゃあ逃げようか。でも追いかけられたらどうしよう。

 ぐるぐると考えを巡らせますがどうにも決心がつきません。

「臆病者のウサギさんなのかしら?」

 影は決してウサギの形などしていないはずです。

 少女は怪物をからかっているのでした。

 異様な形をした影にも動じない、胆の据わった人間だと怪物は少女を評価しました。


 そこで怪物は思いつきます。

 もしかしたら何もされないかもしれない。ここまで度胸のある人間なのだから、話くらいは通じるはずである、と。

 怪物は警戒しながら両手を上げ、敵意のないことを示し、少女の前に姿を表します。

「まあ。大きなお友達ね。でもあなた、臆病者で、頼りなくて、とても弱そうだわ」

 少女はギラギラとした綺麗な目をしており、飄々とした訳の分からない表情を浮かべています。

 つまり少女は強そうだったのです。

 怪物は侮辱を受け入れます。きっと自分はこの華奢な少女にさえ勝てないのだと思ったからです。同時に、八つ裂きにしてやろうと思った自分を恥じました。

 怪物の鋭利な牙も、凶悪な爪も、少女からしてみれば中に綿が詰まっており、表面を布で覆われたぬいぐるみも同然なのでしょう。


 怪物は悔しいながらも、おずおずと口を開きます。

「何故こんな物騒な所に居るのだ。村はあっちだ。さっさと帰れ」

 村のある方角を指差します。

「物騒? 物騒と言ったのかしら? あなたはこの辺りに住んでいるのではないの? ここはとても良い場所なのに。そんなことも判らないの?」

 少女の言うことは正しいものでした。ここが物騒であると言うのは怪物が弱いからこそそう感じるのであって、怪物よりも強いであろう少女からしてみれば、美しく、食べ物にも飲み物にも困らない場所であるのです。

 しかし怪物は少女の言い分に納得出来ません。怪物は弱いのですから。

「確かに俺はここに住んでいる。しかしここが良い場所などと思ったことは一度もない。判る判らないの問題ではないのだ。ここは危険な場所だ」

「本当に臆病なのね。じゃあ私があなたに素敵な場所を教えてあげる。着いてきなさい」

 少女は手招きをしながら怪物に背を向けます。


 怪物は怯えながらも少女の後ろを歩くのでした。

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