其の九の一
学校帰り。みんなは友達と歩きながら帰っているところ、その群れとは離れ、一人だけフラフラと、生気のない目で歩いている生徒がいた。何故か頭には包帯、左腕は布で首から吊り下げられている。
律佳の被害者である。
今日学校で起こったことは、あまり誰にも知られてないが、毎日似たような事件で、律佳は傷害事件を起こしているのだ。
今日の律佳の事件理由、ズバリ、カード泥棒。
律佳が友達とババ抜きして遊んでいる時、この少年は通りかかった。そう、その瞬間、その場所にいたのが、彼の運の尽きだった。
「最後のぉ!一枚だーー!」
律佳が叫ぶと、相手の最後の一枚――ババ抜きでのあり得ない光景、つまり、本当の意味で最後の一枚を抜くと、最後まであがるハズのない、ババになるはずであろう律佳が、あがってしまった。律佳はカードを捨てたあと、得意げな顔で二、三秒いたが、突然頭を捻った。何か違う。何かが。いつもなら、私が最後持っている何かが足りない。
「・・・あれ?コレって、こーゆー遊びだっけ?」
律佳が友達に聞くと、何か、違うんじゃない?とか、こういうこともあるんだよ、とか、何だか放っておくと、ババ抜きと言う遊びのルール自体がおかしくなりそうな展開になりかけたそのとき、律佳は少年をみつけた。その律佳が見た少年は、床に落ちていたジョーカーを拾い上げたあと、だった。
律佳は素早く察した。誤った真実を。…その真実とは…
少年は察して、ジョーカーを返そうと思っていたのだが、次の瞬間、律佳が襲いかかってきた。
「お前かーーっ!!ジョーカー盗ったヤツゥ!!」
なにやらいつの間にか、律佳は、ジョーカーを盗られたと察知したらしく、犯人はこの少年だと勝手に確信していた。
もう律佳を止められない。
素早く蹴りが炸裂する。少年は当然避けること叶わず、腹にどかんと重い回し蹴りを直撃。どかどかどかと、机を三つなぎ倒し、少年はそこでストップし、だらんとなった。お構いなしに律佳が来て、健気にも、少年が持っていたジョーカーを乱暴に奪い取り、腕組みした。
「今度から私の勝利にジャマしないこと!!分かった?」
言ってから、律佳はフンと鼻で言うと、何事もなかったように元気に戻っていき、友達と談笑し始めた。
ハッキリ言うとあまりに理不尽であった。いや、言うまでもなく理不尽。
大体、ジョーカーを誰かが落としていなかったら、律佳は確実に負けていたのだ。感謝こそすれ、蹴ることはなかった。ま、彼女には、そんな解釈法がないのは確かだ。仕方ないとは、さすがに言えないけれど。
そんな不幸な少年に、二度目の不幸が訪れる。
ガシャリガシャリと、音がしたのが始まりだった。
「 ? 」
無機質な鉄の音がしたので、少年は不振に思って振り返った。しかしそこには、誰もいない。見渡す限り、隠れる場所もない。音からして、かなり近くだと思ったのだが。
少年ははてなを浮かべたまま前を向く。と、眼前にでっかいやつがいた。身長180程度あるだろうか。とりあえずデカイ。何故かこちらを睨むように見ている。結構な美男だったが、とりあえず怖い。無表情。顔近過ぎ。って言うか、何で目の前にこんなのが。
幻だと思い、まぶたを閉じて、もう一度開いてみた。
さっきまでいたはずの大男が、眼前から消えていた。音も、風も、気配もなく。これは間違いない、幻だ。きっと律佳に蹴られて、おかしくなったんだ。
で、やっぱ幻と。
と思ったその瞬間に、横からの強い衝撃で、少年は壁に押さえつけられた。いや、違う。誰かに押さえつけられているのだ。頭には、何だか冷たいモノがあたっている。
「律佳を知っているか」
って!これは銃だ!うわ、なんでなんでなんなんだよ・・・!!少年はパニックになりながらも、悲鳴が出せなかった。助けを求めるための悲鳴でさえ、恐怖で声が出ない。さらにその銃がグイと強く食い込んでくる。
「律佳を知っているか」
今気がついた。この男、何か聞いてきている。何を・・・。
・・・りり、律佳だって!?
えらく声に感情がない。まるで機械だ。
「しし、知ってるよ!知ってる!」
「どこだ」
「ば、場所は・・・!!」
全て言われた通りに答えると、その男は、パッと一瞬で消えて、少年も、一気に力から開放され、壁にもたれかかり、ズルズルとくず折れた。
良かった・・・助かった・・・。ああ、もう今日は何なんだよ・・・!
律佳に蹴られたときのことやら、さっきの頭の冷たい感覚やらをざーっと思い出して、彼は興奮状態、あるいは混乱から正常に戻った。
・・・けど、律佳のこと全部話した気がする。・・・だいじょうぶかな・・・いや!だいじょぶなハズない!あいつ銃持ってた!さすがに律佳でも銃は・・・!
と、ここで、何だかとてつもなく冷静になってきた。
そもそも、なに話したか全然おぼえてないな・・・っつか、なに聞かれたっけ・・・?
頭が恐ろしく冷えてきて、頭脳がフル回転し始めた。
ああ、そういえば俺、律佳のこと聞かれたんだよな・・・?
とすると聞かれた内容は・・・→個人情報だ。
個人情報を聞いたヤツは一体何者か・・・→“?”
“?”にあてはまる単語とは?いや、個人情報と来れば答えは一つしかない。
知らない人には何にも言っちゃダメって言うよな・・・
一筋の道理が見え始める。そう、あれは銃に良く似た改造銃だったんだ!ゴツゴツして、冷たくて、本物っぽかったけど。こんなご時勢だ!個人情報を聞くための、新手の――
あー、そうかー営業マン!ったくなんてことを・・・
勝手に納得して、少年は立つと、わざわざこんなボロボロな俺を、と思ったが、何だか妙に、それも理に叶っているので、深く考えないことにした。
〜続く〜