其の八
「ねぇ〜今日どこ行く〜〜?」
「いや、どっこも行かなくていいだろ」
「えぇ〜!つまんない!」
いつもの家の様子がこれだ。もちろん学校から下校した後の話で、律佳はいつも外に出たがる。元気がありあまっているのだろう。しかしそれは、耕輔にとっても、まわりにとっても、いいことではない。律佳は外に出ると余計なことばっかりして、面倒なのだ。だから、外には出ない。正確に言うと、出たくない。
出たくないと思っていても、律佳にかかると、毎回外に出なくてはならなくなるのも大問題で、例えば家の食べ物全部をなくす(=全て食う)なんてことは、嫌でもいつもある。非常に困る。
「仕方ないなあ・・・今日は私一人でどっか行ってくるよ」
これは珍しい。一人ででかけるとは。うん、いいことだ。
「あ、ああ、気をつけて」
「うん!」
さっさとシューズを履いて、玄関を出ていってしまった。
「・・・なんか無性に嬉しいな・・・」
律佳と暮らし始めて五ヶ月間。何故か、こうやって一人になったのは久々な気がする。なにせ学校でも毎日ヤツが隣。明けても暮れても隣。一人の時間が極度になかったのだ。いや、一人の時間最高。
――ドゴーン
はっはっはっは。幸せー・・・って?何の音だ?
――ドゴーン
工事かな?ま、いいや、紅茶でも入れてクッキーを・・・ああぁ・・・考えただけで至福のときが・・・
――ドゴーン
・・・・・・うるさいな・・・。見てくるか。
靴を履いてる間にも、その轟音は聞こえてくる。何だかとても不吉な予感だ――
外に出ると・・・
恐ろしい光景が視界の中で繰り広げられていた。
「このっ!このっ!このっ!」
一定感覚で、止まっては離れ、止まっては離れる一匹の鳥。移動してきた区間だろうと思われる壁は、見事に上だけ吹き飛ばされ、歯が抜けた壁のようになっていた。
そんなことになった理由は、その鳥を何故かアッパーで仕留めようとする律佳のせいだ。
何でストレートで攻撃しないんだよ・・・。と思うが、意味がない。だって、アッパーなんだもん。
「ってコラァーーーー!!」
怒鳴って律佳のところへ歩いていく。何故か彼女は、これ幸いとした顔で、耕輔を見ていた。
「なにやってんだよ!!律佳!!」
「違うんだよ!こうすけ!」
何が違うと言うのか。ちなみに鳥は、壁から律佳の頭に移っていた。
「この鳥が逃げるから!ムカついてやっちゃたんだよー」
ど・こ・も・違わないじゃないか。見た目通ーり。はははは。あー、頭イテー。
・・・無駄とは思うが、一応アッパーの理由を聞いてみることにする。
「何でストレートで攻撃しなかった!?」
律佳はもじもじとして、うつむいた。
「だって、ストレートだと避ける猶予が鳥にはないでしょ・・・?あと足場をなくしてく意味で、アッパーでぇ・・・」
壁を壊したと。なるほど、後戻りすれば壁がなくなっていって、だんだん地に近づくと言う戦法か。それはなかなか。って
理由になってねーーーーっ。
とは思うがもう何だか、とりあえず壁どうすんだよ・・・。
「ようは遊んでたってことだろ・・・?」
「うん・・・」
そんな遊び、やめちまえ!と言うのは簡単なので、二、三プラスして言ってやる。
「お前なぁ!鳥殺そうとする遊びなんかすんなよ!!」
「違うよ!殺そうとなんかしてない!」
殺す気なかったのにアッパーしてたんかいっ!!大問題だぞ!永久的に終わらなかった可能性が!!いや、一つの生命が助かったことを喜ぶべきか?いやいや、もとから壁破壊すんのが大問題だっつーの!!
「言ったじゃん。遊んでるだけだったんだよ」
と、人差し指をぴっぴっと振るう律佳。
何を自慢気に言う。
「つまりー」
俺が抑揚のない声で言った。さながら保育園のお兄さんのように。
「うん」
「壁ぶっ壊して遊んでたと」
「うん」
・・・・・・はあ・・・・・・なに、ソレ・・・笑えない・・・。大体壁壊して何が楽しいの?ねえ、ちょ、何が楽しいの?病的に聞きたかったが、ここはグッとおさえる。俺は、保育園のお兄さんだ!!(と思うしかない。
「結局鳥の意味はー・・・?」
「口実だよ!」
ぐっとガッツポーズする律佳。そのガッツポーズの意味を教えてほしい。
「そっかー・・・鳥狙ってたーって言ったら壁壊してた理由になるもんなー」
「そうそう!!」
なるかーーーっ!!アホーーーッ!!
「じゃあ、とりあえず帰ろうか・・・」
これ以上の被害を出すとヤバい。いや、もう、通り過ぎてると思うが。とりあえずこれ以上、律佳を放置するわけにはいかない。
「うん」
と帰ろうとした時、律佳が待ったをかけた。
「何だ?」
「うん・・・ちょっと待ってね」
彼女は、頭に乗っている鳥を、ばっと投げた。いつのまにか夕日になった空へ向かって飛んでいく鳥を見送って、
「さ、帰ろう・・・?」
彼女がさびしげに言う。
「ああ・・・」
トボトボと帰る。この壁どーすんだよ・・・なぁ、どーすんの・・・。
答える者は誰もいない。
「あー、ちなみにー。帰っても食べるもの、ないから」
彼女が人差し指を立てて言った。
「何で?」
「全部食べちゃったから」
夕日が恐ろしく綺麗な日だった。