其の七
今日も出る出る怪物出没。そのたびにこやかに律佳がそれらを惨殺していく。校内は緑になって行くし、律佳も合わせて緑になっていく。
「今日も討伐完了!」
ばしっと拳をもう片方の手で受け止め笑う律佳。毎度ながら楽しそうにやってくれる。
「いやー、気分爽快だねっ!」
振り返り様こう言ってきた。感想は言うまでもなく、やっぱり、だった。
こうやって毎日倒していくうちに、何だかこれが当然のように思えてくる。しかしこれは緊急行動であり、決して当然などではない。怪物がいつか止むことを信じて、闘っているのだ。
さて。緊急行動も終わったし、解除ボタンを押すか。
説明していなかったが、怪物を全て消滅させた後、“緊急行動終了ボタン”(解除ボタンと呼んでいる)を押し、グラウンド側から見た校舎にデカデカとつけてある、“緊急ランプ”の赤い光をこれで消し、グラウンドに緊急退避している生徒たちに安心を報せ、生徒たちが帰ってくるようになっているわけだ。
このようにカンタンな設備で済んでいるのは、何故か怪物は、日が上がっているときにしか出ないことと、外には出られないことが判明しているからである。
とりあえずそのボタンを押そう。
とした瞬間だった。
「――待った!!」
律佳が叫んだ。
「どうしたんだ?まだ怪物がどっかに?」
そんなことがあっては、生徒が入ってきた順に怪物たちの餌食だ。思ってはいけないのだが、なかなかどうして、生徒がさかさまになって怪物たちに食われていく様が見える。『ぎゃあああ』等と背景に書いてある。
そんなことはいいとして、律佳は汗をつつっとかいて、頭を振った。
「うぅうん。いないけど…」
「じゅあいいじゃ…」
ないか。と言うまでに、律佳がカットイン。
「待って!!それは核爆弾スウィッチだよー!」
「はあ?」
焦ってさらに汗を噴出し、叫んできた。
…わけのわからんコイツの理由を考えてみよう。
…すぐにわかってしまった。なんとなしに情けない。
あれは授業中のことだ。授業に苛立ちを隠せなかった律佳は、「意味わかんないよ!!」と叫びながら歴史の教諭を殴り飛ばしてしまった。普通、律佳の拳を受けた者は絶対立てないのだが、その教諭は、よろよろと、奇跡的に立ち上がり、「お前は補習だ」と、律佳に宣告したのを覚えている。この教諭の補習は面倒臭いことで非常に有名だ。
律佳は、きっとこの補習が嫌で、もっと長引かせて補習以下授業をさせないつもりだろう。
だがそれを怖がるより、そもそも先生が授業、もとい補習出来る体ではない(律佳の一撃を受けて、無事でいられるはずがない)し、それに補習でも済むならお安い御用のはずだ。なにせ、教諭殴ったらフツー退学だろう(何で補習で済むんだ?)。とりあえず、補習は怖がらなくていいと思う。
「もういいから押すぞ」
と押そうとした時、また律佳が止めた。
「ダメダメ!!それ地球破壊爆弾のスイッチだよ!」
「んだからー・・・」
「要人の破壊ボタンかも!?」
「いや、やべーだろ――」
「人工衛星の自動破壊用だったり!?」
「いや、これ手動じゃない?――」
「五年前埋めた起爆装置かも!!」
「いや、埋めてないしお前と会ってもないって――」
「私の妊娠ボタンだ!!」
「え!?そうなの――」
と聞き終えたところで、カウンターでボタンを押す。
「きゃああああ!!生まれるぅっ!」
律佳がかがんで痛そうに腹を押さえてしゃがみこむ。
「だからねーだろって」
「じゃあ世界のどこかで大統領が!!」
「爆破してない爆破してない」
「地球が破壊されッ――」
「あるって。地球」
「じゃあやっぱりお腹の赤ちゃんだぁーーーっ」
うわーんと言いながら、何故か僕を恨めしそうに睨んで走って行った。
「なんなんだよ・・・ったく・・・」
と振り返ると、ぞろぞろとクラスのみんなが帰ってきていた。
「あ、ああ・・・そんな・・・律佳ちゃんと耕輔クンが・・・緊急行動中にそんな破廉恥なことを・・・」
ペタリと白い頬に手をつけて、次の瞬間真っ赤になり、ヘナヘナと壁にもたれかかる智香。
「お、お前ってヤツは・・・!!」
さして僕のことはきにせず、智香を支える雪也。
「おいおい・・・マジかよ・・・」
「私はやると思ってたわ・・・席も横だったし・・・」
「賭けが当たったぜー!」
「律佳ちゃん大丈夫かしら・・・」
と口々に言うクラスメイトたち。
「ち、違うんだ!!これは!!」
じりと後ずさると、そこへ律佳が、白い布で“何か”を包んだものを抱いて、憂鬱気に歩いてきた。緑まみれだった服が、いつのまにか綺麗になっている。
「見て・・・赤ちゃんだよ・・・」
う、嘘だ!!人形に決まってる!!
そう思いながら“それ”を見てみると・・・。
「ばぶ」
哺乳瓶を咥えた赤ちゃんがいた。動いてるししゃべってる。あったかい。
「ってええええええぇぇぇっ!!」
漫画じゃない!漫画じゃない!現実だぞ!!
そう、現実にいる。赤ちゃん。
クラスメイトの白い目が突き刺さる。
「うわっ・・・エゲツな・・・」
「多いんだってよ、最近・・・」
「律佳ちゃん大丈夫かしら・・・」
「ち、違うんだーーっ!!」
と叫ぶが、誰も聞いちゃいない。そこへ、智香が律佳に歩み寄った。
「まあ・・・頑張ったのね・・・」
赤ちゃんを覗き込みながら、智香が言った。律佳が憂鬱気に赤ちゃんを見ながら、フッと笑った。さながらシングルマザーよろしくの顔だ。
「うん・・・こうすけと別れて、一人で育てるつもりだけど・・・」
ってか結婚してませんてぇぇっ!!
「そう・・・収入はどうするの・・・?」
その話が通じる智香には、当然僕の心の声は聞こえない・・・。
収入云々の話が終わると、今度は智香が切り出した。
「私たちはそんなことにならないようにするわ!」
何だかいつもの智香と違う調子で言って、雪也にピトッと寄り添った。雪也はそれを左の肩で抱いた。
「うん、頑張って…」
と律佳は、片目の涙をスッと拭き取ると、僕に向き直った。
「じゃあ、幸せにねっ…」
律佳はふわっとポニーテ−ルを風になびかせ、後姿を見せて走り去った。
「お、おうい…」
その“時”の“なんとなく”の流れに逆らえず、僕は彼女を引き留められなかった。
っていうか…。
「どーなんだ…?コレ…」