其の十三の四
7時54分。街中の道路。
「律佳!!まだみつかんないのか!?」
耕輔は、ビルや住宅、車のライトなどに照らされた道を走りながら、汗だくになった耳に、律佳と繋がった携帯電話を押し当て、答えを急かした。
「こうすけ、ごめん…!まだ見つかんないの!」
「くそっ…!」
先ほどから、律佳に三分ごと電話しては、彼女に悪態をついていた。
彼女の結果に期待していたのに、全く成果があがらずイライラしていたのだ。
「ごめんね…私、役立たずで…」
もの悲しく答える律佳に、耕輔はようやく気付いた。何て酷いことを言ってしまっていたのかと。
確かに彼女の性能はとてつもなく高いが、だからといって、彼女ばかりに責任を押し付けていいハズがない。
「あ…いや、そんなつもりじゃ…――」
「いいよ…じゃああとで」
彼が言い終わる前に、彼女は電源を切ってしまった。
「……」
切れた携帯電話を見つめながら、溢れた光が照る町のなか、耕輔は足を止めてしまった。
「警察へ連絡をしたか」
「ええ。一応。けれど期待は禁物です。さらに言うなれば…捜索は中止してもらったほうがいいでしょう」
それぞれに暗闇の細い路地裏を走りながら、鏡と智香は体に内蔵されている無線機で連絡をとっていた。鏡は智香の言葉に一つも驚きを見せず聞き返した。
「何故だ」
「この事件、どうも人間の手で起こされたとは思えないんです。ライドによる仕業でしょう…。そうなれば、警察の手に負えるわけないでしょう?それにそうだとしたら、警察のかたたちが危険です」
「犯人がライドである、その根拠は。その理由は」
根拠はともかくとして、理由、というのはライドが何故そのような事件を起こしたか?であろう。普通ライドは、防衛兵器でしかない。それが何故このような事件を起こしているかを聞いてきているのだ。根拠がないと理由云々もないのだが、智香は勿論根拠があった。
「根拠は…そう。鈴ちゃんを狙ったことです」
「鈴を…?だがそれは、有り得ることではないのか?」
10歳の女の子を連れ去る事件など、人間でもやりそうなことだ。だが何故ライドと言う根拠になるのか。
「ええ…。けれど、決定的なのが、その場所なんです」
「場所?」
「ええ。律佳ちゃんが言うに、鈴さんの最後の匂いがしたのは、私たちの家の近くだったんですよ」
「だがそれでは確証にはならんぞ」
鈴を連れ去ったのは家の近くだった…。それだけではライドが犯人だと断定など出来ない。
「いいえ。なるんです」
「 ? 」
智香はゆっくり息を吸い込むと、語り始めた。
「鈴さんは、あまり耕輔さんの家から外出したことがなかった為、今日道に迷ってしまったんです。匂いによると、何度も同じところを歩いていたらしいです・・・事件のキッカケはここからです。いいですか?私たちはかなり“名が知れて”います。高校での律佳ちゃんのライドとしての活躍に、私が“情報色彩風薫“を作ったこととしても有名で、さらにあなたたちが私たちの家に住んでいるということもかなり話題になっている。そしてそれは、つまり“危険な区域”として、世間から見られていることになります。周りの方々や、町内の方々は、私たちのことをちゃんと理解して下さっていますが、外の方はどうでしょうか?危険だと思う区域にわざわざ来ますか?それも、夜に。私たちの家の付近に」
「…!!」
「そうです。人間の仕業とは・・・非常に考えにくいんですよ。なので・・・今回は、私たちで何とかしましょう。警察はアテになりません。逆に被害が出るかもしれませんね・・・」
智香の言い分は分かった。だが、それでは、命令に忠実なライドが事件を起こした理由にはなっていない。
「待て。それでは、何故ライドが事件を起こしたかの答えになっていない。あくまで状況証拠じゃないか」
「いいえ、人間の手であるとは思えません」
「どうしてだ?」
すると智香は初めて言いよどんだ。
「…覚えがあるんです。これは、私のミスです」
やっと話すも、それでも言いにくそうだった。鏡はその様子に一切気を使わず、ずけずけと聞く。
「どういうことだ」
またも言いよどむ智香。だが今度は答えることはしなかった。
「…すいません。捜索に戻ります。では」
「おい、待――」
ザザッ……。
無線は、ノイズだけを受信していた。鏡は仕方なく電源を切る。
ピッ。
「…一体何をしたというんだ」
一人呟き、彼は空に浮かんだ三日月を眺めて、また闇にまぎれて走り出した。