其の十三の二
と、思ったのだが、結局雄谷は、“意味が分からない”ままその出来事を自己完結して終わらせてしまっていた。
人の気持ちなんて知ったこっちゃない。僕にはそう見えた。
「……」
そして今、微妙にイラついているのか、視点定まった様子で机の上を無表情に眺める雄谷を、椅子に座って耕輔は眺めていた。
「…鈴さん」
「なぁに?」
雄谷が隣に座っている鈴に声をかけた。彼女は今裁縫中で、人形をつくっているようだ。
「聞いてください。実はおとといに、こんなことがありまして――」
意外にも雄谷は、まだ自己完結していないらしく、心内あの少年の行動にクエスチョンを据え付けていたようだ。彼はおずおずとあの出来事を語り始めた。途中鈴が疑問詞を挟んだ。
「――で、そのコはどうなったの?」
「ええ、僕を投げ捨てて行ってしまいました…」
「あら…ケガはなかったの?」
「頬に擦り傷が。しかしそれは問題ではない。何故彼は僕にあんなことを…」
「うーん…」
関係はないが、歳が同じなのに、その様子はまるで子供とその母親のようなやりとりだった。自然と笑みがこぼれてしまう。
「うーん…」
聞き終えた鈴は、裁縫をやめて、考え始めた。いや、彼女には最初から答えが見つかっているハズだ。ただ、それをストレートに言っていいものか悩んでいるのだ。
数秒後、腹を決めたようだ。
「・…多分、それは雄谷君が悪いよ」
雄谷の眼が少し大きく広がる。
「僕がですか・・・?何故」
雄谷からしてみれば、励ましたつもりだったのだろう。しかしそれは無用であり、しかも相手を傷つけてしまったのだ。雄谷にはそれが分かってない。
この内容を、鈴は雄谷に話した。彼はいつもの顔になり、何を考えているか分からない顔になった。
「…そうですか。よく分かりました」
彼はそう言うと、目の前に置かれていたコーヒーを手に取った。当然飲むのだろうと思う。しかし
「あなたなら怒りませんよね?」
「え――?」
次の瞬間、なんと人形にコーヒーをドボドボとかけはじめたのだ。
一瞬、見ている耕輔も鈴も混乱した。
何をしているんだ?と。
「――ちょ…やめてっ!!」
バシッと雄谷の手を払い、反動でコーヒーカップがフローリングの床に落ち、残りのコーヒーが床にぶちまけられる。とは言ったものの、実際あとわずかしかコーヒーはカップに残っていなかった。鈴が一生懸命つくった人形に、それほどコーヒーが注がれたのだ。人形にコーヒーが吸収されてもなお、机からコーヒーが滴り落ちるほどに。
「あ、あぁあ…――」
今にも泣きそうな顔で、鈴はコーヒーでずくずくになった人形を持った。つまさきからコーヒーが滴り落ちている。
それを見てもなお平気そうな雄谷が、ズケズケと言った。
「あなたなら…こんなことで怒りませんよね?鈴さんはそんなに器の小さい人じゃ――」
ばちん。
乾いた音が響いた。
鈴が雄谷をビンタしたのだ。
「…っく…ひっ…ぅく…ゆうやくんなんて…あんたなんてきらい!!」
ぼろぼろと涙を零しながら、鈴は玄関を飛び出していった。
………。
その場は、沈黙した。机の上から、重力に任せてコーヒーが落ちる音しか聞こえなくなっていった。
「……」
「なあ、雄谷」
「…はい」
「分かったか?」
「…ええ、とてもよく――」
時計の音も聞こえてきた。
コッチコッチコッチ。
もうすぐ七時を回ろうとしている。