其の十二の四
「智香さん」
「何のお話しでしょうか?」
次の日の朝、律佳にはなんとか一人で学校へいってもらい、僕と智香さんだけで登校するように仕向けた。というのも、智香に“限界”のことを聞こうと思ったからである。驚いたことに、智香さん、と呼んだだけで、話しを切り出そうとしていることに感づいたらしい。だが耕輔は驚かない。智香や鏡は、並外れた思考力の持ち主だからだ。
「律佳が限界に近付いているらしいんです…気付いてましたか?」
ピクンと彼女の肩が揺れた。ちょっと表情も暗くなったように思う。彼女にとって、律佳はとても大切な存在。例え事実でも、マイナスのある話は受け入れたくないのだろう。
「……ねぇ耕輔クン。人には寿命がありますよね」
突然そう振ってきた。話しの根幹を突く話し、なのかは分からないが、智香が無駄なことを答えるはずがない。耕輔は頷いた。
「ええ。あります」
「ライドも…そうなんですよ」
「そうでしょうね」
「…ただ…律佳ちゃんはその…無理をしています…ですから…内部から少しずつ“壊れて”いっているんです。壊れるのは、通常より速いでしょう…」
「…でもそれは…無理をしているからでしょう?それをなんとかすればいいんじゃ?」
コクンと彼女は頷いた。大分表情が暗い。
「でも、制止することは出来ません…ライドには“生存意義”がない。それくらい、律佳ちゃんも分かっています。けれど、それでも律佳ちゃんはそれに歯向かおうとしています。何か、特別な理由があるようで…そこまで分かっていて、無理をしているんですから、やはり制止は不可でしょう…」
考えるようにして言葉を繰り出す智香も、どうやらその理由とやらに届いていないらしい。そして制止は不可。智香が念を押して言うのだから、きっとその通りなのだろう…。
「雄谷は生態系の進化だって言ってましたけど?」
途端に、くすっと笑われてしまった。
「彼は物事を深く考えすぎているだけ。確かにその表現は間違ってない。彼的には、ね」
雄谷の自己完結を上手く表現すれば、“生態系の進化”も通るということか。
「でもそれは違う。ライドは進化なんて、しない」
彼女はえらく冷酷に言い放った。
「機械は各々の考えで動きますか?人形は心を持っていますか?断言します。機械も人形も、そんなものは持ちえません」
真剣に話しているのか、それとも落胆の意味を否定したい自主規制による声色なのか。その声はとても通っていた。
「残念ながら。律佳ちゃんも…ただ三人のプログラムを持ち合わせているから、ああゆう風な変わり方をしたのかと…」
最後は悲しそうに締めると、それ以上智香は口を開こうとしなかった。
三人の、人格…裏律佳、過去律佳、表律佳。この三人のことだろう。そして、彼女は決して進化したわけではなく、自分のプログラムを書き換えているだけに過ぎない。三人の思考パターンが合わさる事により、それが可能となったのだろう。
それは、分かった。分かりたくはなかったけど。
しかしやはり、律佳が変わろうとした理由については…答えが出なかった。
限界については…止められないらしい…。