其の十二の三
「って、つまりどういうことだ?」
耕輔がそう尋ねると、雄谷は淡々と答えた。
「カンタンなことですよ。人間は感情を持ちますが、ライドはそうじゃない。そういった感情というものは、切除されているんです」
なるほど。確かにライドが感情を持っているなんて、聞いたことがない。だがそうなると、鏡が昔、律佳を愛していた、というのはどういうことだ。
「けど、鏡は昔の律佳が好きだったんだろ?」
鏡は相も変わらず無感情、無感動で答えた。
「それはそうゆう設定だったのだ。俺が律佳を好きになることは、最初から決まっていた」
そんなもの悲しい恋もあったもんだな、と思ったが、その答えでもう一つ疑問が生まれた。
「でも、それでも報復しようと思ったんだろ?律佳を殺した、律佳に」
それを言われても、鏡は全く動揺しなかった。
「ああ。だがしかし、それは“恋”への継続であって、特別なことではない。俺は律佳を愛しているから、復讐しようとしただけだ。律佳を殺した“律佳”にな」
理屈は分からないが、なんとなく、分かった気がする。つまり人間の矛盾と同じことなのだ。
「感情プログラムは、一つのことに対してだけ特化し、そしてそれはすでに完成していた。しかし、総合的な感情を持った、人間のようなライドなどいなかったのだ」
「つまり?」
「つまり律佳さんは…プログラムの書き換えを…悪く言えば、バグ状態にあります。よく言えば、生態系の進化のような・・・」
「しかし、やつは生物ではない」
雄谷と鏡がそう続けた。
…だからって、どうだというのだ。大体壊れているとかバグが起こっているからといって、律佳は決してオカシイことをしているわけではない。むしろ、善のほうへ向かっているように見える。それをこの二人はただ、壊れているとかバグだからとかで片付けるのか。
「…でもだからって、どうなんだよ?ライドにバグがある。それで進化していっている。いいんじゃないか?このままでも」
そう言うと、二人は黙り込んだ。やはりバグだろうと何だろうと、“異常”と言う以外の異常は観測出来ないようだ。
数秒後、ようやく雄谷が口を開いた。
「…。確かに、いいことなのかもしれません。けれど、異常と言う事に変わりはないんです。彼女は、プログラムによって動いている。それを彼女は今、毎度書き換えて、書き換えて、動いているんです」
「だから、それがどうだってんだ?」
「…いつか、限界が来ないかと…。危惧しています」
言い残すと、雄谷は耕輔の横を通り過ぎ、玄関を出ていった。
「…限界か…」
何故生きようとするかの理由は未だ分からない。けど、分からないことは考えても仕方ない。とりあえず、その“限界”とやらは、あの人に聞くのが一番だろう。律佳を一番大切に思っている、あの人に。