其の十二
次の日から彼女は別人かと思うほど変わった。
いつもギリギリまで寝ていたのに、早起きになったし、夜に鈴を抱き枕にすることもなくなった。前はよくネズミの時計を握りつぶしたものだが、今は加減が出来るのか、そういったこともなくなった。朝にはいつものように鏡と雄谷が朝食を作っているが、今までの彼女ならそれに感謝もせずさも当然と食べていたのだが、今は「ありがとう」、と鏡、雄谷に言ってから、「頂きます」とキチンと手を合わせてから食べるようになったのだ。
学校に遅れるぞと発破をかけても時間に余裕がある場合なら「まだ時間あるよ?」と眼を丸くして言うし、通学中、隣の隣の番犬、ドク太の前を通るとき、昔ならにらめっこになっていたものだが、今は頭を撫でてやって、にっこり微笑み「行って来ます」という始末。
学校でもみんなに挨拶をするようになったし、授業中眠ることも、ノートにラクガキすることもなくなった(ただうつらうつらしていることはある)。休み時間は無闇に人を殴ること、蹴ることをせず、ただ渡された宿題と、今まで眠ってきた分の授業を勉強していた。大そうみんなに不思議がられ、
「あれ本当に律佳なのか?改造したのかよ?」
なんて言う質問が殺到した。
「違うよ、律佳は変わっただけ。自発的にね」
「へ〜…」
そう答えてもなお不思議がるのは仕方が無いことだろう。なにせ変わりすぎなのだ。五ヶ月間一緒に暮らした耕輔でさえ、違和感を感じるほどに。
生徒の中では、律佳の変化に一番雪也が冷静を保っているように見えた。こいつは鈴に父親ずらするという奇妙なこともやってのけるくらいだから、それも頷けるかもしれない。
「律佳ちゃん、変わってよかったな」
雪也は笑顔で言ってきた。
「ああ、器物損壊も少なくなったし、傷害事件も少なくなったしな」
突然雪也の顔が怪訝顔になり、
「違うだろ?皆無じゃねーか」
「…まあ…」
彼の言うとおり、ここ一週間、律佳は傷害事件と器物損壊を起こしていなかった。それはもう、気持ち悪いほどにゼロだ。
「あーでも。国からの補助なくなったんだって?」
「・・・残念ながらな」
実はそうであった。何故彼が知っているかは知らないが(恐らく智香に聞いたのだろう)、僕らはもう国からの補助を受けていない。五郎さんが必死に頼み込んで置いてもらった身だ、そこまで欲さないし、恐らくこの“ライド駐留”は本来禁止行為だ。
怪物がいなくなった以上、ライドはそこにいてはならない。
ライドがいる、イコールそれは、平和を乱していると言う象徴であり、また危険な区域だと思われる象徴なのだ。
ライド自身もいつ壊れるか、暴走するか分からない。
このようなことを踏まえ、さらに資金を補助しろと言うのは馬鹿が言うことだ。
「最近は律佳が定量しか食わないから、そんなにお金かかんないんだけどね」
前から思うと、もっと食べてもいいくらい律佳の食い扶持は激減した。
「そっか。ま、良かったんじゃねえの?丸くはねえケド、万事OKなわけだし」
「そうだな…」
僕はにっこり笑って見せた。それを見て雪也もにこり笑った。
「おうっ!じゃなー」
唯一律佳が変わらなかったのは、下校中だった。
例によって智香はいつも下校が遅いので、帰りはいつも律佳と二人きり。彼女は突然今まで話していた世間話をやめ、鞄から教科書を取り出し、ページをペラペラとめくって、32ページの左上を指さした。
「ここわかんないだよ、こうすけ〜」
いつもと同じ下校とは言ったものの、内容は若干変わった。が、律佳の性格やら喋り方はなに一つ変わっていなかったのだ。
「えっと。ああ、これは確か…」
律佳はとてつもなくがんばっている。それは一番ライドの近くにいる耕輔が分かっている。だが、今ひとつその理由が分からなかった。
「へ〜!そうなんだ!ありがと!」
にこっといつものように笑って、律佳は鞄に教科書を入れる。そんな彼女を見ながら、律佳は何の為に
“生きよう”としているのか考えてみた。