其の十一の十九
戦闘…やっと試験が終わった。
帰りは、行きのように送ってもらえるわけではないらしく、色々と“後片付け”があるということで、五郎から頭を下げられ、今、電車に揺られ帰宅途中だ。
時間は午後5:30といったところで、学生たちが帰宅する時間と合致してしまった。けれど、律佳と智香は制服、耕輔は私服だが、まあ、不自然ではないはずだ。ただ鏡だけが不気味に目立っている。何せデカい上に変な服だからだ。しかも美形(それはあまり関係ない)。雄谷と鈴は、小学四年生らしくもなく、キチッと体勢を整え座っているのだった。
「ねえ、こうすけ…」
耕輔の肩に頭を置き憔悴し切った様子の律佳が語りかけた。
「ん?」
「私…あれでよかったのかな…」
あれでよかったのか…ということは、先の試験場の話しだろう。
これを聞いてくると言うことは恐らく、律佳はあの選択を後悔しているのだ。あの選択とは、敢えて選択せず、闘いを正当に行わなかったこと…。避け続けたことである。
彼女、コピー律佳の末路は、本当にアレで良かったのか…本当はやられるべきじゃなかったのか、自分の手で止めを刺すべきではなかったのか…律佳だけがその時、それらの選択肢を選べた。
「…良かったんじゃないかな…」
僕は答えた。
「……」
「少なくともお前は、彼女を殺さなかった。僕はそれを、偉いと思うよ。すっごくね」
ぎこちなく、その大きな眼を耕輔の眼にじっと集中させる律佳。
「どうして?」
「お前は嫌だったんだろ?彼女を痛めつけるのは」
「うん…」
傷つけたくなかった・・・そう理解していい。
「けど、あのコ、本当はとっても痛かったと思うの…」
「…?」
予想外の言葉だった。
「何が、だ?」
「うん…心がね…」
心、か…。
「どう痛かったと思ってるんだ?」
律佳は手をもじもじさせ、うつむいた。
「よくわかんない…けど、うんと・・・結局あのコは…何にも出来なかったんだよ…?」
「どうゆうことだ?」
「あのコは、“どっちかが倒されるまで続く”そう言ってたし、このときの為だけに、死んできたとも言ってた・・・」
それは鏡からも聞いたことだった。あいつは、あのときの為だけに、生きていた・・・つまり、その前は死んでいたってことだ。自分を棄てて。
「私はね、きっと、どっちかじゃないとダメだと思うの。やるか、やられるか…痛い思いはするけど…あのコの心の痛みは、和らいだんじゃないかな…」
「……」
そういえば、彼女はこの律佳を模して作られた律佳だった。と言うことは、彼女のことは、一番律佳が分かっているのかもしれない。
そう思い、そうかもしれないな、と発言しようとした時、鏡が隣から無感情な言葉を投げかけてきた。
「下らんことは考えるな。ヤツは“死んだ”」
「え…」
律佳が悲しそうに顔を歪めた。
「鏡…いくらなんでもそんな言い方ないだろ?」
無感情な鏡でも、さすがにそれは酷い。そう思った。が、語気を強めることも無く、彼は続けた。
「寝ぼけたことを言っているから注意してやっただけだ。お前たちは、そうやってヤツを慰めている気なのか?それとも、お前たち自身の心の狭さを、力の無さを隠したいだけか?」
まさに図星だったのかもしれない。
「な…」
「そうだろう?そんなことより、この先のことを考えろ。お前たちは生きた。知った物もあった。なのにごちゃごちゃ過ぎたことを言うな。今更悩んでも、もう遅い」
彼の言うことはいつも正論である。普通なら自重するところをズバズバと見境もなく言うのだ。感情はこもっていないはずなのに、その言葉らはいつも一喜一憂させる。
「そうだな…その通りだ…」
耕輔は開き直り、うんうんと頷いて見せた。
「律佳、アイツは・・・そう、死んだ“かも”しれない。けど、どこかでまた生きてるかもしれない。じゃあ僕らは、また会ったとき笑顔でいられるようにいよう?絶対に悲劇を繰り返さない為にも。強くならなくちゃ」
そう言って律佳に笑顔を見せてやった。が、彼女の表情は固いまま。
「…まだあるのか?心配なこと」
「あ、うん…あの…」
何かを言おうとし、律佳は口ごもった。
「どうした、言えよ?」
「あ…うん…いや、あの、なんでもないの」
一目しただけで分かる作り笑顔をすると、彼女は手をヒラヒラと、眼前で横に振った。
「ホント、なんでもないの。うん!そうだよね!強くならなきゃ!!」
そしていつもの笑顔を見せてくれた。今度こそ本当に笑ってくれた様だ。
「ああ、そうさ」
やっと耕輔も、心の霧が晴れたようだった。隣で鏡も、その様子を鼻で笑った。
本当は…。
本当は、こうすけに言いたかった…。
けど、言えなかったんだ。あれは、こうすけにじゃなく…私だけに言った言葉だったから…。
あのコが死ぬ間際。こんなことを言ってたんだよ?こうすけ…。
「わたしはあなたになりたかった」
――それでもつよくならなきゃなの…――?
あのコは…私に…生まれたかったのに…――。