其の十一の十四
「テメエも久しいよなあ?鏡」
ギラリとその眼は光り、鏡を視界に映し出す。
「な、何故・・・何故お前が出てきた!!?」
「ハハ、鏡さんがここまで感情的になるたあ、驚きだなぁ・・・そんなに珍しいか?」
言って、「クハハ」と笑い始める。
「り、理由を・・・ワケを言え!!」
「焦んなって・・・」
彼女はつまらなそうに耕輔を見つめると、
「“こうすけクン愛しの律佳ちゃん”が俺を呼んだんだ」
と言った。それにビクと耕輔が反応する。恐怖のものではない、嬉しさからだ。同時に悲しさも味わっていたが・・・。
「『私は殺しても構わないけど、こうすけを悲しませないで』ってさ。泣けるよなぁ」
からかっているように言うのだが、なぜかそうは聞こえない。前とは狂気が段違いで薄くなっていると感じられるのだ。理由はすぐ明らかになった。
「・・・まー。俺も愛しちまってるからよ。こうすけを」
・・・長い沈黙。
「・・・は」
やっとのことで押し出した耕輔の第一声がこれだった。勿論“暴走律佳”はこれに怒る。
「『は』じゃねえよ!!『は』じゃ!!」
顔を赤くして叫んだあと、彼女はリボンがとれた長い髪の頭を掻いた。
「俺たち、一つになったんだ」
ってことは・・・耕輔が思った。
「お前と、うちの律佳とが?」
「それだけじゃないぜ。鏡。テメエの愛した律佳ちゃんも、生きてるぜ」
言わずも鏡が興奮してガラスに張り付く。
「なに!!!」
「まあ、今は今の律佳と繋がって生きてるっつーわけで、感情も今の律佳と同じなんだ」
「何言ってるかわかりませんね」
「そうだな・・・」
雄谷が割と無感動に突っ込み、耕輔もそれに同意した。
「ウッセーー!!」
「なので僕が説明しましょう」
「よろしく」
「あの律佳、まあ俗称は『裏律佳』とでもしておきましょう。裏律佳は、実は彼女の中に潜伏していたんです」
「ああ、『表律佳』にか」
「・・・ええ。それで裏律佳の意思は、現在の律佳と疎通し、同じ行動をし、同じ言動を放ち、同じ感情を感じたんです。かいつまんで言うと、彼女の中に三人が、“相容れて”
存在したわけです」
「・・・そんなことって・・・あるのか!?」
「ないです」
「・・・・・・」
「不思議なこと・・・超常現象など、そういった分類と考えるならば、自然なことでしょう。解析は不可能ですが」
とにかく摩訶不思議なことらしい。と待てよ。つまり・・・。
「おい!裏律佳!」
「フツーに呼べバーロー」
怒られた。
「・・・律佳!!もしかして・・・律佳は・・・律佳は生きてるのか!?」
聞かれて裏律佳は戸惑ったような、言っては悪いが割に合わない顔をすると、
「・・・生きてるぜ?」
ためらいながらもそう言った。耕輔は胸を撫で下ろし、
「・・・・・・そっか・・・」
心の中の雲が勢い良く風に流され、太陽がさんさんと青い空を照らした気分だった。
「・・・テメーよぉ」
「・・・ん?」
そう言えばこうやって裏律佳と異常なく会話が成立するのも不思議な気分だ。と思ってもいなかった衝撃発言が裏律佳から飛び出す。
「お前は俺のモンだからな」
え。
「え」
「覚えとけ!!バッキャロ・・・」
・・・正直忘れたい。
この間五郎たちの音声はスピーカーより聞こえてこなかったが、なにやら会議がなされていたようで、ようやくスピーカーが鳴った。その間“あっちの律佳”は、裏律佳を
みつめ、呆然と立ち尽くしているだけだった。ただの機械に成り果てたのか、その顔からは怒り以外の感情は感じられない。
「・・・みなの意見を仰いだところ、続行するとのことですので――。では」
それだけ言ってプツンとスピーカーは止まった。彼らもきっとこの異常にてんてこまいなのだろう。その時雄谷が思い出したように呟いた。その顔は子供らしさを帯び、笑
っているように見える。言っても微笑程度だが、もとから無表情なので、少々の表情の起伏でも目立つ。
「・・・情報分析の端末が数値異常現象で煙を上げていますよ・・・。ふふふ・・・」
意味不明である。
「誰でもいい」
突然“あっちの律佳”が言った。
「・・・みんな・・・壊す」
反応して、裏律佳が拳をパキパキと言わせ、挑発的に笑う。
「上等だ!!ぶっ殺してやる!!」
にしても、もう少し語源を緩めてもらいたいものだ・・・。