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変な学校  作者: akaoni0026
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其の十一の十三

 圧倒的な連撃をヒラヒラと避け続ける律佳に、もう一人の律佳は怒りに表情を歪めた。思えば初めて剥き出た感情である。

「・・・・・・頭に来ますね・・・!!」

「ッ!?」

 途端、ゾクッと殺気を感じ、寒気が律佳の背に走った。

 避けるだけで大した攻撃もしてこない律佳に彼女は殺気を覚えたのだ。なぜなら彼女は、

 今まで何のために辛い調教を乗り越えて、何度地を這って、どんなに『死んできた』か。自分を殺してきたか。自分が生きている理由、試験相手を務めるために、どれだけ自分を捨ててきたか・・・。

 なのにコイツは人間と悠々と暮らして、好き放題やって、勝手に悩んで勝手に立ち治って。今もだ。私の攻撃をかわすだけで、全く真剣味が感じられない。完全になめてる。侮っている。

 まさか・・・それで私が喜ぶとでも?許されるとでも?

 あり得ない。一回、本当に壊れるべきだ。

「・・・・・・本当に壊さなくてはならないようで・・・本気でいきます・・・!!」

 左からの気配を感じ、咄嗟律佳は二、三歩素早く退いた。ブオンと律佳の眼前を拳が風を切り裂き通り過ぎた。もう少しでも遅かったら、首から上はなかっただろう。とすぐさまストレートが目の前に見えた。

「っ!!」

 そのストレートは、ブシィッと音をたて、左の腕を防護スーツもろとも切り裂き、勢いよく血を噴き出していた。急いで左に体をずらしたが間に合わなかったらしい。

「う、うそ・・・!!なんで・・・見えないよ!!」

 今回もそうだったが、律佳は今までの闘いを相手の攻撃を見切りながら避けて来た。だが今の攻撃は、全く見えなかったのだ。


「律佳!!」

 明らかに押されてきた律佳の姿に、ようやく耕輔は“押されている”と気付いた。反応するように、鏡が無感動で「だから言ったろう」と釘を打った。

「言ったろう、最初から律佳は迷っていた、と」

「いえ・・・それだけじゃないですよ」

 隣にいる雄谷がズイと進み出てきて反論した。

「怒らせていますね。彼女を」

 今の彼女とは、あっちの律佳のことだ。

 それを聞いて鏡の顔が怪訝に変わった。

 無感動な鏡でさえ怪訝な顔をするくらいのことなのだから、それはとても重要なことなのだろう。

「怒らせている・・・?」

「ええ、どちらも誤認を重ねた結果です」

 一方の律佳は慈悲のためか臆病風に吹かれたかで攻撃をしようとしない。一方はそれを侮っているのだと勘違いし怒りを覚えた・・・。ざっとこんなところだろう。

「まあ、最初から律佳さんには勝ち目なんてないんですけどね」

 五倍の威力に加え今までこのときの為だけに死んできた“彼女”と、今まで苦を知らずに生きてきた“彼女”とでは、もはや結果は明らかだった。

 しかし、それはちょっと頭に来る言い方である。

「・・・・・・」

 特に耕輔にはカチンと来ただろう。

「悪意があるわけじゃないですよ。分析結果です」

 耕輔に睨まれても、雄谷は特に反応する様子もなく、冷静に返した。耕輔は一つため息をつき、祈るように手を組んで、ガラスの奥を見守った。

「・・・律佳・・・壊れるなよ・・・こんなところで・・・」


 試験開始から三分経った結果が“さっき”で、またそれから三分が経ったときのことだ。

「・・・律佳・・・」

 避け続けでさすがに疲れてきているのか、彼女、“うちの律佳”は、足元がフラフラになって、しかしなお避け続けていた。あれから一度も反撃していなかった事実は正直嬉しかったのだが、それゆえに壊れてくれることはとても悲しい。

 ハッキリしないが、どうにか両方叶わないだろうか。

「律佳・・・頼む・・・何とか・・・!!」

 いつだってあの能天気ぶりでなんとかしてきた律佳だ。

 今だって、なんとか出来んだろ・・・?お前なら・・・お前はだって、他のヤツとは違う!!

 そう過信したときだった。

 バキリと大きく響く音がして。

 それをハッキリ目にしてしまった耕輔は、一瞬何が起こったのか分からなかったが。

 なんだこれ・・・。

 耕輔が見たその映像は、もう一人の律佳が、プロテクトした律佳の胸の防具を右手で突き破っていた、そんな映像だった。同時だったかハッキリしないが、律佳の声も聞こえた気がする。

「ごめん、こうすけ・・・死んじゃ・・・うね・・・」

 それきりうなだれて、動かない。

 暗転。

「な・・・」

 夢の世界から戻ってきた感覚だったが、現実にその映像は目に焼きついていて、さらには今捉えている映像であって、それは明らかに現実だった。

 律佳は入場してきた自動扉の下にうなだれていたのだ。恐らく衝撃で吹っ飛ばされたのだろう、自動扉は少しへこんでいて、おびただしい血がベタリ張り付いている。

「終わり・・・だな・・・」

 鏡が耕輔の顔の隣に顔を並べ、肩を握った。もとい励ましの言葉を鏡は持たない。

「・・・落胆するな。また造ればいい」

 そう簡単に造れないことは知っていたが、これが精一杯の励ましの言葉だった。さらに隣で棒立ちの雄谷が言う。

「・・・『律佳』の生命反応なし。・・・今は復元機能もないでしょうから、もう復活はあり得ませんね」

「・・・・・・そんな・・・」

 耕輔は自然と涙が溢れてきた。

 正直、信じられなかったが、目の前のガラスの奥に倒れて動かない律佳を見ると・・・。

 ああ、もうあいつ何も食わねえんだな・・・。

 とか思うのだ。

 何食べさせたくても、これからしてやりたかったことも、もう全部出来ないのか・・・。

 でもやっぱり、信じられない。

 あいつは・・・不死身じゃなかったのか・・・?

「律佳・・・?」

 ガラスの奥にてのひらくらいの律佳が倒れているだけで、よびかけてもやはり笑顔は返ってこなかった。ただうつろに下を向いている律佳が見えるだけで・・・。

 突然スピーカが鳴った。五郎の声だ、どうやら試験終了と認識されたらしい。それはそうだ、彼女は壊されたのだから。

「終わったようですな。では、戻ってきなさい“律佳”」

 それに衝動的な違和感を感じ、わけがわからないまま耕輔は思い切りそれを否定した。さすがに口には出さないが・・・。

 違う・・・。と。

「はい。五郎様」

 違う・・・。

「今日からはお前が耕輔様の下で働くのだぞ」

 違う・・・!!違う・・・!!

「はい」

「では律佳――」

「お前なんか律佳じゃないッ!!!」

 バシン!!

 いつのまにかガラスを叩いていた。割れんばかりに叩いたつもりだったが、“割れた”のはこっちの手だった。いや、折れたようだ。

 これには鏡も雄谷も驚き、目を丸くする。

「お前は・・・お前はァァッ!!!」

 狂ったように叫ぶ耕輔の声を、智香も扉一枚の奥で泣きながら聞いていた。

「お前は・・・!律佳を、“殺した”んだ――!!!」

 決して壊されたんじゃない。殺されたんだ。

 一つの命が消されたんだ――。

 もう、何も見えない。




 静かな・・・本当に静かな静寂・・・。どこかから機械の動く音がする。施設内の音だろう。ほんの小さな音である。こんなにもそれが響くなんて。




「ククク・・・」

 笑い声が聞こえる。

「クククク・・・・・・!!」

 どこかで聞き覚えのある笑い声・・・とても嫌な記憶が思い出されたが・・・懐かしい声だ・・・。

「ククク・・・!!プクッ・・・ククク!!アーハハハハッ!!!」

「ば、バカな!!」

 これまでにないほどの大きな驚愕で、鏡は目を大きく見開いた。

「・・・・・・」

 雄谷も沈黙したまま、地蔵のように固まっている。

「よお、“こうすけ”・・・」

 ・・・むくり立ち上がった“律佳”の目は、鮮血のような赤い眼だった。

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