其の十一の十二
「なるほど・・・遺伝子もイジられているというわけか」
やはり無表情で言う鏡。調教される以前に彼女は改造されていたらしいことに、耕輔は同情していた。
「そんな・・・」
「生きる屍・・・まさに、ああいうのを言うのかも知れんな」
“あの律佳”は静かに律佳を見るだけだった。今日の試験、ハッキリ言ってしまえばただの殺し合いなのだろう、しかし殺気など、微塵も感じられない。
「あれが彼女の仕事、使命、ゆえに冷静でいられるのだろう」
「ヒドイ・・・」
いつのまにやら耕輔の隣に立っていた鈴が、眼に涙をためて嗚咽していた。
「生きる意味、ないんですね・・・今日この為に、彼女は死んできた」
耕輔には意味不明なことを言う雄谷も、いつのまにやら彼の隣に。そして誰もが感づいていることを鏡が言った。
「この勝負・・・絶対的に不利だ」
「ね、ねー・・・そんな怖い顔似合わないよ・・・」
試験場の律佳は未だにそんな話しをしていた。と言っても殆んど返答なし。
「・・・」
「あ、えー・・・と、さ、どうして何も答えてくれないの・・・?」
「・・・答える必要がないから」
彼女はようやく、小さく呟いた。と思ったら、
「どうしてよっ!!人が喋ってんだよ!!?」
突然叫ぶ律佳。もとより対戦相手と喋る律佳の気も知れないが。彼女は小さく頭を振って、力なく言う。
「あなたは分かってない・・・」
「何が!?」
「私はあなたであって、私じゃないの・・・」
律佳はまた小首を傾げる。
「私は、あなた・・・けど私は私じゃない・・・」
「あの・・・えーと・・・よくわかんないんだけどなぁ・・・」
だから、と言って彼女は続ける。
「・・・笑うのはあなたでしょう?」
初めて彼女の表情が緩んだ。少し戸惑う律佳。
「・・・え?」
「じゃあ、私は最低でも笑わない・・・。あなたと違うのは・・・そこ」
「う、ううん・・・」
「そこに私がある・・・だから・・・」
「だ、だから・・・?」
「あなたをここで痛めつけるのも・・・私なの」
「・・・!」
ググッと敵意が強まったことを鈍い律佳でさえ感じ取った。彼女は構えると、また一瞬もの悲しい顔になって、
「・・・本当は、闘いたくなかった・・・でも」
私は律佳を討つ。
「いきますっ!!」
戦闘は開始された。
「互角・・・?」
少なくとも耕輔にはそう見えた。無表情の律佳は確かに攻勢だが、こちらの律佳もそれをいとも簡単にかわし、見計らって迎撃している。共に見ている鏡が唇をかみ締めた。
「まずいな・・・」
「え?」
「分からないのか?律佳・・・コホン、お前の律佳だ、迷っている」
言われて、その戦闘を迷っているかどうかの条件付けでよく見てみたが、やはりそんな風には見えない。
「鏡・・・僕にはそう見えない」
「・・・まあ、お前は戦闘に関してはド素人だからな・・・」
冷静な鏡にド素人と言われるのは腹がたつが、事実だ。
「明らかに加減してますね」
雄谷も言う。
「これといった一撃を出さない・・・こう言ってもあなたは迷っていないように見えますか?」
「え・・・?・・・あ!!確かにそうだ!!いつもなら・・・もう勝負は決まってるハズ・・・!!」
鏡が継ぎ足す。
「いくらヤツの攻撃力や防御力が高かろうが、生身。二、三発程度で落ちているハズだ」
右から、左からと次々に攻撃が来るが、彼女は避け続けていた。右からの攻撃、素早く左、回転が加わったアッパー、乗じて回し蹴り・・・避ける、避ける。いかに攻撃力が高かろうが、当たらなければ意味を成さない。そうして一瞬の隙が空く。
今!!
よく伸びた蹴りが相手の脇腹にクリーンヒットした。
決まった・・・?
が、しかしひるむことなく攻撃を再開してくる。
「う、嘘・・・!!」
どうして倒れないの!!?
彼女は自分自身が自然に手加減していることに気がついていなかった。侮っている、と言う表現に近い気持ちを知らないでいたのだ。
「・・・無用ですよ、手加減なんて」
とんでもなく連続性のある攻撃を繰り出しながらも、律佳がそう言ってくる。
「わ、私手加減なんてしてない!!」
それらの攻撃を全てかわしながらも、彼女は答えた。