其の十一の九
暗いコンクリート造りの一室。そこで律佳は長椅子に座らせられ、試験開始を待っていたのだった。智香もいるが、どうやら彼女は座る気がないらしく、ソワソワしながら律佳の前を右へ左へと歩き回っていた。だが突然思いついたように立ち止まり、律佳の生気のない顔を静かに眺めた。
「ごめんなさい・・・律佳ちゃん・・・」
言いながら彼女は律佳の小さな両肩に冷たい両手を乗せる。
「本当はこんなことするつもりじゃなかったんです・・・。ただ・・・あまりにも耕輔クンが・・・」
自身に違うと思い聞かせるかのように智香は頭を振り、
「うぅうん、いいんです、気にしないで。・・・彼はどうやら、“やっと気付いたみたい”ですから・・・土壇場にならないと分からない人みたいですね・・・」
智香が細く微笑んだ頃、ブザー音が鳴り響いた。同時に機械的な女性の声で、「入場して下さい」と警告じみた声が入ったのだった。
「いよいよだな」
壁に張り付いて見ている耕輔の隣で、ガラスに背を向けて立っている鏡が言った。
「ああ・・・」
「辛いか?」
鏡が探るように聞いてきた。
「いや・・・」
今はもう、智香と鈴が言っていた、“何が分かっていないのか”、がやっと分かったんだ・・・だから辛いって気持ちはない・・・。ハズだけど。つまり“分かってなかった”ことは・・・。
「あ・・・いや。やっぱり、辛いよ」
それを聞いて雄谷が少し顔を上げた。
分かってなかったこと。それは、正直になれ、と言う意味だったんだ。
耕輔は、律佳を見下していたのかもしれない。だから背伸びをして、正直に、素直になれなかった。
そのせいで、律佳は酷く悩んで・・・そう、きっと悩んで・・・。
「僕は決めたんだ。正直な気持ちを持とうって。特に律佳には」
そうか、とだけ返し、そのままの状態で鏡も試験場を横顔で見つめた。
丁度そのとき、左の自動扉から律佳が生気のないまま入ってきた。状態は変わってない・・・マズイ。あれじゃ壊される・・・。
「律佳!!」
今はあの初老もいないんだ。励ましくらい出来る。例えそれが許されてなくても、律佳が・・・潰されるのは見たくない。
彼女はゆっくりこちらを見上げた。虚ろな眼・・・。
「律佳!!聞いてくれ!!」
すうと息を吸い込む。プンスカと怒っている鈴も、このときばかりはソファの上から耕輔の方を見守った。
「俺は・・・!勝手かもしれないけど・・・」
勝手かも・・・いや・・・勝手だろ・・・。それでもいい。
「お前と・・・」
一緒に・・・。
「お前と一緒にいたいんだ!!これからも一緒に学校行ったり、暴れたりしたいんだっ!!!」
・・・・・・。
急に律佳の口元が緩んだ。にこっと笑って。
「・・・待ってたよ!!こうすけ!!」
そこで雄谷が独り言のように呟いた。
「彼女は何かから解放された・・・泥水が一気に流されていった、そんな様子ですね」
耕輔が答える。
「・・・そう・・・律佳は・・・苦しんでいたんだ・・・“自分だけの闘い”にして・・・。でも違う。それは俺が律佳のこと、何にも思ってやれなかったから・・・そうなっちまったんだ」
ポカンとした様子で雄谷はどこを見ているか分からない顔になる。
「僕よりあなたのほうが解析は上らしい」
「それは違う」
どうゆうことだろう、と雄谷の顔は求めている。
「 ? 」
「アイツとは長いんだよ」
長い、とはよく分からなかったが、
「・・・そうですか」
雄谷は聞いてから鈴を見つめる。
「 ? ・・・なに?雄谷くん」
「いえ。僕達も早く長くなりたいなって」
「 ? 」
そこで先ほどの女性の声でまた音声が入った。
「アンノーン、出現させます」