其の十一の六
そう言おうとした時だった。
「待って」
智香が言葉を遮るようにして、てのひらを突き出した。
「・・・それは・・・。あなた個人の考えですね?」
まだ言ってもいないのに、智香は耕輔の答えを読んでいた。そこに一つの風が抜ける。さらに異様な空気・・・。
「それが・・・どうしたんだよ・・・?」
それは智香の言葉を肯定することと等しかった。彼女は力を込めた眼を閉じ、抜けたようにため息をついた。
「あなたは本当に分かってない・・・」
額に手をあて、ふるふると頭を振っている。何が分かってないって言うんだ。
「何が・・・何が分かってないんだよ・・・僕が律佳のことを、分かってないって言いたいのか?」
分かってない、と言われたのは、今日二度目だった。さっきも不意にこの台詞が突き刺ささった為、印象が強く残っている。
「ふう・・・では律佳ちゃんには、試験に出場してもらいましょうか」
諦めたように彼女は言うと、黙って耕輔の隣をすり抜けて、「おじゃまします」とこともなげに入って行った。
・・・何が分かってないんだよ・・・。
結果的には試験に出ることになったし、律佳も耕輔の意見には賛同してくれている。いいじゃないか、これで。僕が何を分かってないって言うんだ?もし分かってなくても・・・結果は同じだろ。
彼は自分に暗示をかけて、ぎこちない気持ちを抑えつつ家に入った。
「ええ、ええ・・・。はい。今日は別件がありまして・・・はい。ありがとうございます。お話はそれだけですので、また後日に詳しく・・・」
智香は学校に特別休暇をとりつけていた。あまりに突然な要請だったが、律佳の怪物からの優秀な生徒護衛結果と、智香の交渉術によって、どうやらうちの校長は折れたようだった。
カチャンと受話器が置かれ、彼女がこちらに向き直った。
「ということですので、午前11時から試験開始です。今は7時34分ですので・・・あと3時間26分はありますね」
椅子に座っている鏡が智香に尋ねた。
「移動時間はいいのか?」
「問題ありません。含んでますから」
「ふむ・・・」
つまり11時と言うのは出発時間ということになる。
僕はなんとなしに律佳を見てみた。試験の取り付けも、学校の特別休暇もうまく取れたのに、律佳の表情はとても暗かった。
励ましてやろう・・・。きっと不安なんだ。
「律佳、今日頑張ろうな?」
「・・・・・・」
依然腕を組んだまま机に伏している彼女。机から視線も移らないし、リアクションもない。どうやら聞こえてないらしい。
「りっ・か?」
「んあ・・・?」
ゆっくり呼んでやると、寝起きのような顔をして返事をしてきた。
「元気ないぞ・・・?」
「ん、んん、だいじょぶだよ、だいじょぶ」
どこか上の空で答えてくる。彼女の隣では、鈴が腹立たしげに玄関の方を睨み、腕組していた。
今更聞くのもなんだが、聞いてみるか。僕が何を分かってないのかを。それが律佳の暗さの原因なのかもしれない。
「なあ、鈴?」
「・・・・・・」
「聞きたいことあるんだけど・・・」
「・・・・・・なに」
ものすごく怒っている「声」。今聞いたら逆切れされそうだ・・・。
「・・・いや・・・別に・・・」
「・・・・・・そう」
鏡が「やれやれ、失敗したな」と言ったのを最後に、会話はそれより後なかった。
11時頃になると、どこぞの高級車を思わせる黒い車が家の前に止まった。耕輔一同は、その数分前から智香に玄関に出て置くように言われ、それを待っていた。
車に乗り込むと、やはりそこでも会話なし。居苦しさだけが募った。
数十分走ると、どこかの駐車場に車を止め、出るように言われた。言われるままに出ると、言っては悪いが、ここはただの駐車場に見える。止めてある周りの車はすべて普通の乗用車に見えるし、駐車スペースもそんなに広くはない。と観察をしていると、運転手と共に耕輔以外の一同がそれについて行っていたので、耕輔も慌ててそれに並んだ。
その駐車場を出て、右側の筋をまっすぐ歩いていく。これもまぎれもない普通の道路だ。周りを眺めても、ただただ住宅があるだけ。いたって一般的風景である。そう思って数秒もしないうちに、初老の運転手が初めて喋った。
「あちらです」
一言だけだったが、それはとてつもない驚きに変わる。運転手がてのひらをかざした先に、なんと、
「え・・・!あれ・・・!?」
とてつもなく大きな・・・。
「ライド試験場、です」
耕輔の言葉に、智香がそう継ぎ足した。
「あれが・・・」
それは、大きな大きなドーム状の建物だった。