其の十一
翌日からの生活は何故だか非常にラクラクだった。それは危惧していた二人が意外と律儀だったからだったからであろう、それが一番当てはまる。
「うぁーっ!!遅刻するーっ!!」
それは翌日の朝。言いながら、制服を着ながらにして部屋を飛び出した律佳は、ダイニングへとバタバタ走っていった。それを洗面所で歯磨きしていた耕輔が聞きつけていた。いや、聞きつけたわけではない、聞こえてしまったのだ。
「まだぜんっぜんはえーっての・・・」
ダイニングでは、すでに鏡と雄谷がいて、雄谷はしっかりと、律佳や耕輔、鏡の分のトーストを用意していた。
「ゴハンまだー!?」
律佳がわめくと、キッチンに立っている大男、鏡が涼やかに答えた。
「焦らなくてもいい。まだ時間はある。それにゴハンなら雄谷が準備しているだろう。俺は野菜を茹でている」
次に雄谷が、オーブントースターの中身を真剣に見つめながら言った。
「焼き上がりは完璧ですが、気候に触れるとどんな影響を及ぼすかは予測出来ません。冷めると美食概念を省かれますので、焼き立てをご賞味下さい」
「 ? 」
着席した“はてな”が出まくる律佳の隣で、なおもオーブントースターを眺める雄谷は、人差し指で机の真ん中を指差した。そこには一枚の皿があり、食パンと目玉焼き、ベーコン、隣には温野菜が飾られて乗っていた。どれも完璧である。どうやらそれが律佳の分らしい。
「すっげーうまそー!!いただきまーす!!」
だがそれを、律佳が食べ終わるのは約三分程度しかかからなかった。それを見た雄谷は眼を光らせる。
「情報解析は出来ています。再度食事をとるのなら、キッチンにある食べ物をご賞味下さい。くれぐれも劣化させないように、全て平らげて頂けると幸いです」
「 ? とりあえずキョウんとこ?」
「はい。鏡のところです」
律佳がキッチンへ向かうと、彼女は眼をキラキラ輝かせ、素敵とばかりに両手を組み、頬の隣へ持っていった。
「すげーーー。これ全部食っていいの!?」
黙々と調理する鏡の代わりに雄谷が答える。
「お願いします」
律佳は元気良く手を上げた。
「はーい!!」
そのキッチンには、なんとハンバーグやらオムライス、カレー、ラーメン シチュー等があったのだ。律佳がそれを物凄い勢いで食い始めた頃、鈴が部屋から眠そうに起きてきていた。ちなみに鈴は、律佳の部屋で一緒に寝ている。一応女同士ってことで。あくまで、一応。
廊下に面した洗面所に、顔を洗っている耕輔を発見し、鈴は挨拶した。
「おはよー・・・耕輔おにいちゃん・・・」
「ん?あ。おはよう鈴。よく眠れたか?」
「・・・・・・」
顔を背け、不機嫌な顔をする鈴を、彼は察した。
あー、鈴ってば律佳に抱き枕にされてたな・・・。
「鈴、昼寝るといいよ。律佳学校行くから」
「うん、そうするー」
本当に抱き枕にされていたらしい鈴は、不機嫌な顔のままダイニングへ向かっていった。同時に呼び鈴が鳴り、ほぼ同時に、雄谷が呟く。
「智香さんですね」
呼び鈴を聞いた耕輔は、洗面所から出て、玄関に向かった。
「あ、はいはーい」
扉を開けると、青い髪を揺らし、智香が軽くおじぎをした。思わず耕輔も頭を少し下げる。
「おはようございます耕輔クン」
「あ、ああ、おはよう」
顔を見れば分かるが、何だか今日は智香の顔が優れていない。
「・・・・・・」
「・・・どうした?昨日眠れなかったか?」
「あ、あぁいえ・・・そうゆうことではないんですけれども・・・」
上目遣いに耕輔をみやると、急に智香は、耕輔の腕を強引に掴んだ。
「えっ!?」
「スイマセン、話がありますっ!外へ」
そのまま強引に耕輔を外に連れ出すと、彼女は耕輔に向き直り、眉を怒らせたように上げた。
「分かってますよね?」
と聞かれるからには、耕輔以外の人物がここにいいないことを考えると、それは彼に聞いていることになる。
「・・・・・・。ゴメン。何のこと?」
正直思い当たらなかった。智香はふかぁいため息をはいて、ぱしっと額に手を当てる。
「・・・言いませんでしたか・・・?律佳ちゃんは、引退だって・・・」
引退・・・か。うーん・・・あれ?律佳ってテニス部だったっけ?
何故テニス部なのかよく分からないが、つまり律佳がレギュラーだったとして、智香はそれをもったいないと律佳に言えずに戸惑っていて、よく分からないが、それを俺に言ってくれと頼んだと。なるほど。
「スマン。テニス部の話ならまだ言ってない・・・」
「は?・・・あ、いえ。スイマセン。一体何を言ってらっしゃるのですか?耕輔クン」
「え?違う?」
「違います」
断言された。そう言えば律佳は部活などしていなかった。智香は観念したようにもう一度ため息を吐き、
「じゃあ聞きますけど、私が律佳ちゃんを殺そうとした理由はなんです」
・・・智香が、律佳を殺す・・・!?・・・あ!
申し訳なさそうに耕輔は智香を見た。明らかに憤怒している。
「そういえば・・・派遣が替わるとかどうとか・・・」
「そうですよっ!!もう私たちはここにいられな」
「しーっ・・・」
向かい側のおばさんに気付き、耕輔は自分の口に人差し指を当てた。智香も気付いたのか、振り向き、おばさんに、スイマセンと苦笑しながら言った。おばさんは、最近の子はまったくなってないねぇなどと言いながら、首を出していた窓を閉めた。どうやら恋愛関係の話に間違えられたらしい。智香は真っ赤になって、小声で続けた。
「私たちの学校には・・・もうライドは必要ないんです・・・」
“情報色彩風薫”。それが対怪物に使われることになれば、確かにライドは、不要になる。
「・・・けど」
「けどはありません」
智香が耕輔の言葉を強く遮った。
「学校の転入がどうとか、そこで律佳ちゃんが学校などで友情関係を築いたからどうとか、耕輔クンはそうゆう理由をお考えなんでしょうけど。無駄です。政府にはそんなもの関係ありませんから」
区切って、彼女は続けた。
「便宜上、私たちライドがここに存在すると言うことは、この町の学校は平和でないことを示していることになる。そうです。私たちライドは、対怪物の為にいるんですもの、安全なわけも平和なわけありませんよね。つまり、私たちはいないほうが“良い”というわけです」
完璧な理由だった。崩せる自信がない。
「・・・だとして、何故僕にそんなことを言うんだ?智香さん」
智香は意味深にうつむいた。
「・・・・・・」
「僕に、僕らに、残り少ない時間は大切にしろってこと?」
「・・・いえ。実は・・・」
「 ? 実は?」
相当言いにくそうだ。が、待つほかない。
それから三十秒はそのままいただろうか。智香がやっとの思いで場を破った。
「ここにいる理由を・・・作ります・・・。・・・試験に出れば・・・回収免除になるでしょう・・・」
耕輔には、それの意味するとこが見当もつかなかったが、背中に寒気を感じる言葉ではあった。嫌な予感がする。