其の九の二十二
智香が死んだ。律佳はそれだけでお腹一杯になったが、これによって殺害の好奇心が膨れ上がり、今度は耕輔を殺したくなってきていた。
彼はこの律佳に殺されるとき、どんな顔をするのだろう。どんな悲鳴で何を叫ぶのだろう。考えただけでわくわくしてくる。
ついでだ。この白髪の少年も殺そうか。
その時だった。律佳の後頭部にフライパンが一閃されたのは。
「甘いのはあなたです!!」
ゴーンと乾いた音が律佳を殴りつけたフライパンからして、律佳は信じられないと言う眼差しを智香によこし、そのまま横にぐらり倒れた。智香はカランカランとフライパンを廊下に落とし、
「ごめんね、律佳ちゃん・・・にしても、危なかったです・・・」
力なく言うと、ペタと座り込んだ。
その隣で、驚いた様子もなく、白髪の少年、雄谷は言った。
「見事です。あの一瞬で可視分身を作り出して、調理室からフライパンを取り出してくるとは」
見事と言う割には興奮した様子もなく、無表情、無感動で語る彼は、どこを見ているかも分からない目で智香を見つめていた。
「いえ・・・。あなたのおかげです・・・あのままだと私・・・首を絞められて死んでいました」
「ええ、そうでしょうね」
相変わらず無愛想だが、少年は先ほどから、智香の顔をじいっと見ている。なにぶん何を観察しているか分からない眼だが。
「あの・・・なんですか?」
「あ、いえ。お綺麗だなと」
彼女はそれをぼーっと聞いていて、もしかすると聞き間違えだったんじゃないかと言う苦笑を一瞬見せるが、照れる様子もなくすぐに笑顔になり、にこりと笑った。
その奥、ダーハン1こと二武良 鏡が、腹からおびただしい血を吐き出しながら、呟いた。
「・・・死ぬ」
かくして一件はまあるく収まり(とは言っても、学校の校舎崩壊の被害は甚大なものだったが)、日常の平和を、耕輔たちは取り戻しつつあった・・・。
「な、ワケねぇだろ!!」
「どうしたの?耕輔おにいちゃん」
眼を真ん丸くして、驚きに満ちた顔を耕輔に向けた、白髪の少年とともに現れた謎の少女、安芸里 鈴に、彼は説明できず、額をポリポリと掻いた。
「あ、いや・・・」
ソファに共に座っている隣の雪也が激しく耕輔を睨み付ける。
「そうだぞ!迷い子ってのは心配性なんだからな!」
「・・・・・・」
何がそうなんだ雪也。それにいつお前はこのコの親になったんだ。って言うか問題なのは、
「お前らなぁー・・・なんで俺の家に住み着いてんだ・・・?」
普段“僕”と自分を形容する耕輔のこういった態度は珍しくない。しかしこう怒るのも無理はない。何せ、ダーハン1こと二武良 鏡と、ダーハン2こと観道 雄谷、そしてその雄谷が連れて来た謎の少女鈴までもが、勝手にこの家に三日間も住み着いてしまっていたのだ。何度も拒否したのだが・・・。帰ってくれない。
それに加えて、周りがいつも問題なことを問題とも思わず普通に生活しているから問題なのだ。耕輔の言葉に、ダーハン1こと二武良 鏡が答えた。
「仕方がないだろう、我々には家がない」
「そうですよ。僕らには帰る場所も家も施設も魂も」
「ええい!もういい!!」
ダーハン2こと雄谷が延々と語りだしそうなので制止する。
「ふふ、にぎやかになりましたね」
可愛く微笑む智香にもほとほと頭が痛い。それに雪也が満面の笑みで智香に返した。
「ええ!そうですよね!!」
智香の言うことなら何でも鵜呑みにするの、いい加減やめて欲しい。ここで一つ大きな心の穴があることに気付き、耕輔は智香に尋ねた。
「・・・で?律佳は?」
唯一ここにいない律佳がイチバンうるさくて、いて欲しくない存在なのだが、いつも一緒にいると、こうゆうとき彼女がいないと寂しい。
「・・・ちょっと、時間がかかるみたいですね」
暗い顔で答える智香。どこか焦りを感じるが、気にしないで置こう。彼女は強く見えるが、かなりナイーブなのだ。
「そっか・・・ふーん・・・」
「それよりボードゲームとかしねえか?」
「何ですかそれは」
雪也の言葉にいち早く雄谷が噛み付いた。二番手には、
「ボードゲーム・・・戦闘シュミレーションか?」
鏡が神妙な顔でボケて、
「わーい、やるやるぅ!!ジュースも飲みたいなぁー」
知っている様子で喜び、さらに追加注文する鈴に、
「ええ、そうしましょう、私が入れますね。あ、あと簡単なおやつも用意します」
と優しく微笑み、雑用を買って出る智香。耕輔は頭を抱えて、
「いいんだけどさ・・・」
「だけど?」
雪也が横から顔を覗き込んでくる。
「何で俺の許可なくことを進めようとするんだよっ!!?」