其の九の十七
肉が裂ける音と、液体が滴る音がした。
「イヤーッ!!!」
智香は膝を曲げてガクと前に折れ、頭を押さえ込みガクガクと震えた。
彼女の考えは、不幸ながら正当だったのだ。律佳は記憶を再生しているだけに過ぎなかった。つまり今、律佳の第三人格が目覚めてしまったことになり・・・それは、鏡を殺し、他ライドの“雄谷”を殺し、産みの親を殺し、施設を破壊した、律佳だった。
「ぐ・・・」
律佳に素手で腹を貫かれた鏡。まさか警戒などしていなかった。
その暴走した律佳は、腕を彼の腹から引き抜き、ニヤリ笑っていた。彼はそのまま重力に任せ、膝からくず折れ、横倒れになる。
「よお・・・久しいじゃねぇか・・・鏡に、智香・・・」
ギラギラと光る目は、やはりどの律佳にもあてはまらず、凶悪な赤だった。性格もさながら凶悪である。
「お、お前は・・・」
ことを眺めていた耕輔が呟く。律佳は振り返り、彼を睨みつけた。
「ハッ・・・。アンタが俺のご主人様かい・・・。また貧弱そうな人間だな・・・」
「な、なんだと・・・!!」
聞いていた智香が頭を振る。
「ダメです耕輔クン!!挑発に乗ってはいけません!!」
「分かってるよ・・・」
言うものの、耕輔は汗だくだった。考える脳はない。力もないのだ、どうしようもない。
「さぁ、どうしようか・・・この街ふっとばすか・・・?」
ニヤニヤ笑いながら、血だらけの手をコキコキ言わせる律佳。
これもまた智香の予想範囲内であったが、抑制する手立てはない。
「い、いけません・・・!!あ、あなたは・・・私が止めます・・・!!」
智香の五ヶ月前の、最初で最後の大きな過ち。間違い。今それが目の前にいる。
鏡が横倒れたまま言う。
「どうゆうことだ・・・これは・・・!!」
「すいません・・・鏡さん・・・実は・・・」
さきほど言い換えてしまったことだが、今度こそ言わねばなるまい。真実を。
・・・よし・・・。
「実は・・・律佳ちゃんを壊したのは・・・」
のは・・・!
「私・・・なんです・・・!」
「なん・・・だと・・・。ならお前は・・・お前が・・・!!」
「そうです・・・私が・・・黒幕です・・・!!」
言えた。何もかもが手遅れだけれど。やっと真実を話せた。
ずっと詰まっていた何かが、どどっと音を立てて流れていく気分だ。もう、後悔も未練もない。
「よぉ、お話しはすんだかよ・・・?・・・プッ、クッ・・・ククク・・・ハッハッハッハッハ・・・!!」
どうしようもない、律佳はそう思っているのだろう。確かにどうしようもない。だが、どうにかする方法くらい、ある。
「ねぇ、耕輔クン・・・」
いつになく真剣に話しかけるてくる智香。それもそうかもしれない、これから死ぬかもしれないのだから。
「何だ・・・?智香」
「・・・時間がありません、説明はナシです」
「え・・・あ、ああ・・・」
智香のことだ、何か作戦があるのだろう。
「私の頭を、重いきり殴ってください」
・・・・・・。
「な、なに言ってんだ!?」
「いいから!!説明はナシって言いませんでしたか!?」
眼前には血走った律佳。そして腹に穴を開けられ倒れている鏡。真剣に叫んでくる智香。
俺は・・・――
どうやら、選択肢は一つしかないらしい。