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変な学校  作者: akaoni0026
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其の九の十六

「智香・・・さん・・・?」

「は、はい・・・」

 その柔らかくて暖かい、そして懐かしいこの声音・・・。およそ律佳ではなかったが、これが本当の“律佳”だった。そう、生前の・・・智香が壊してしまった律佳である。

 彼女は智香に抱かれながらも、天井やら廊下やら教室を見回して、不思議そうに尋ねた。

「・・・私・・・どうしてこんなところに・・・?」

「それは・・・色々あったんです・・・」

 申し訳なさそうに、智香は律佳に言った。答えになってもいないのだが、今はそう言うしかなかった。

「そう・・・ですか・・・」

 それでも律佳はにっこり微笑むと、智香の手から離れた。

 しかし彼女は負傷の身。途端咳き込み、しゃがみこんでしまった。

「り、律佳さん!!」

 智香はそこへ走り寄って、だが律佳はそれを手で制止した。

「で、でも・・・」

 智香は困惑しながらも、律佳の様子をうかがった。どうやら吐血したらしい。口元に当てた手が赤く濡れている。

「だいじょうぶ・・・ですから・・・一人で・・・」

 律佳はぐぐっと膝を持って、健気にも立った。足元はフラフラだったが、倒れはしないだろう。耕輔はそれらに気付き、律佳に振り返った。

「り、律佳・・・!!」

 見るなり彼は、彼女に走り寄って、

「良かった・・・!!生きてたんだな!?」

 と言いながら彼女に抱きついた。普通相手が律佳とは言え、彼は抱きつくなんて非常識なことはしない。よほど嬉しかったと言うことだ。

 だが律佳はキョトンとした顔で、耕輔を見るばかりであった。それはそうだ、今の律佳の記憶に、“耕輔”はないのだから。

「あ、あの・・・あなたは・・・」

「おいおい!!律佳らしくねーな!もっとシャキッとしろよ!!」

「いや、あの・・・」

 困惑する律佳を見て、智香は心を落ち着かせていた。逆に心臓がどくどくと動いているようでもあったが、律佳が死んだ事実を受け止めるよりは、幾倍もマシであったのだ。

 その様子に、キョウも気付いたらしく、背を向けていた体を翻した。

 瞬間、律佳とキョウの眼があった。

「き、きみは・・・!!」

 キョウは感情むき出しに律佳を見た。あの悲しそうな眼――間違えようがなかったのだ。

「“鏡”さん・・・」

 律佳も、耕輔に抱かれながらだが、キョウ――鏡の眼を見つめた。その昔愛した――いや、今の律佳は、現在進行形で鏡を愛している。全てを知らない律佳だから。

「律佳、なのか・・・?」

 言いながら、律佳に近づいていく鏡。

「・・・?律佳?」

 とても先ほどまでの鏡とは思えぬ声と態度に、耕輔は疑問を感じていた。

「すみません・・・あの・・・離して頂けますか・・・?」

 そっと手を耕輔の胸に這わせ、律佳は小首を傾げて微笑んだ。耕輔は動揺し、

「あ、ああ・・・」

 と、お願いされなくても、律佳の体を離してしまっていた。

「鏡・・・さん・・・」

 うっとりとした眼で、彼女は鏡に、そろりそろりと近付いて行った。

「律佳・・・」

 惹かれたように鏡も律佳へと歩み寄っていく。やがて抱き合い、律佳は大粒の涙を流していた。鏡も泣きたかったであろうが、彼はそんなに貧弱な男ではない。彼女を抱擁出来る大きな器をもっているのだ。

「ああ、鏡さん・・・何だか、とても懐かしい・・・」

「俺もだ、律佳・・・」

「けど・・・何だかとても苦しい・・・あなたを思い出そうとすると、胸がぎゅうと締まるんです・・・私は何か・・・とんでもないことを・・・したような・・・」

 瞳が揺れ始め、歓喜の涙はやがて悲しみの涙となる。鏡も何も言えないらしい。それはそうだろう、最愛の恋人に嘘をつくわけにもいかないし、まして真実を伝えることさえ出来ない。

「思い出さなくていいんだ・・・。今を生きれば・・・」

 そんな二人を眺めながら、智香が眼を潤ませていた。

 やっと、やっと会えたんですね・・・良かった・・・。

 だがさきほどの律佳の言葉がよみがえる。関係はないと思うのだが・・・。

 確か、記憶を再生などと言っていた。

「まさか・・・でも・・・?」

 ライドの構造上、記憶は絶対消えないよう、ブラックボックスと言うものがあり、それは何をどうしても消えないようになっている。もしそれが再生しているだけだったら。

 もし、そろそろ記憶が消え、智香が壊した律佳が再生されたら。

 まずい。学校のみんなだけではない。街一つ、いや、二つはなくなる。

「鏡さん!!離れて!!」

「え?」

 その時には、律佳の両目は赤く、ギラリと光を放っていた。

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