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変な学校  作者: akaoni0026
23/61

其の九の十五

「律佳ちゃん!律佳ちゃん!!」

 どんなに呼んでも、どんなに揺らしても、律佳は全く反応しない。

「・・・・・・」

 何故だか耕輔も、真剣な眼差しで律佳を見ている。

 律佳ちゃんを、壊したくせに・・・。

 その智香の奥、三階の昇降口の近くで、キョウが言う。

「伊井森 耕輔。お前は律佳を壊した。お陰で手間が省けた」

「ああ・・・」

 耕輔がうつむき、小さく呟いた。

 智香の予想はより一層確実となった。やはり耕輔は、普通の人間以下、いや、最悪の人間だということだ。

「やっぱり・・・あなたは・・・!!」

 耕輔は答えない。


 ダンッ。

 突然大きな音が廊下に響いた。とても大きな、乾いた音・・・。

 見ると、キョウが拳銃を律佳に向けていた。ということは。

「り・・・っかちゃん・・・」

 あまりにも唐突で、さらにキョウが壊れた律佳を撃つとはさすがに思わなかった。

 確かに律佳の背からは、多量の血が噴出していた。夕陽の光と相成って、赤かかった。とても。

「いや・・・こんなの・・・いやっ・・・!!」

 冷静な智香でさえ気が狂いそうになった。いや、狂ってしまった。何も考えられない。頭が真っ白だ。律佳の笑顔でさえ、思い出せなかった。

 キョウがその唐突且つ異常な行動の理由を答える。

「保険だ。また暴走されては・・・」

 言い淀んだが、

「困るからな」

 と何とか言葉を押し出したようだった。

「律佳・・・。・・・律佳!!」

 思い出したように、耕輔が智香に走った。正確には律佳のところへ。しかしそれを彼女が許容するハズがない。

「来ないでっ!人殺し!!悪魔!!最低人間ッ!!」

 律佳を前に抱きかかえながら、後ずさりする智香。さすがに耕輔の足も止まる。かつてここまで感情的になった智香を見たことがなかったのだ。

「あ・・・アンタが・・・律佳ちゃんを殺したのよっ!!律佳ちゃんに触れてもらいたくもない・・・!!」

 およそいつもの智香とは違った。人間で言う、怒りだろう。が、実は智香にはそんなプログラムは存在しない。智香自身もそれを知っている。なのに、何故だか体が熱くて、頭が真っ白で、耕輔と言う人間を頭の中で八つ裂きにしている。何度も何度も。

「智香さん、違うんだ!!キミは誤解を――」

「馬鹿言わないで!?そうやってまた騙そうとしてるんでしょ!?そうやってまた律佳ちゃんを傷つける気なんでしょ!?」

「違う!違うんだ・・・」

 激しくうなだれる耕輔を見限ると、次に彼女は、キョウを見た。

「どうして撃ったんですか!!もう律佳ちゃんは・・・!!」

「言ったろう?保険だ」

 ギリリと智香が歯切りしする。

「保険って・・・!そんな・・・!!」

「でなければ、お前も、その耕輔とか言う人間も死んでいただろうな」

「構いません!!!私は・・・!」

 言ったと同時に、チャッと拳銃の構えられる音。銃口は智香の頭へ向いている。

「一緒に死にたいのなら殺してもいい」

「・・・!!」

 それでも構わない。彼女はそう思ったが、

「待ってくれ!!死人をこれ以上増やさないでくれ!」

 耕輔が智香の前に立ち、大の字になり、壁になったのだ。

 智香はそれを理解出来ず、呆けたが、すぐに思考を取り戻した。

「なにやってるんですか・・・!また正義ヅラですか!?」

「違うんだ・・・智香ちゃん・・・」

「なにが!!」

 声が響き、一瞬の沈黙。

 確かにそれは一瞬だったが、十秒程度、経った気がした。

「智香さん・・・今怒ってるだろ?」

 なにを今更聞いているのだ。

「当たり前です!!」

「なら、もう分かるだろ?」

 今の智香に思考力はない。

「なにがですか!!」

 耕輔は今だ大の字のまま、キョウの銃口を向けられている。だが淡々と智香に答えた。

「智香さん・・・キミには、怒りのプログラム、ないんだって?」

「え・・・」

「律佳に聞いたことあるんだ。どうして智香ちゃんは怒らないんだ?ってね。そしたら言ってたよ、ちぃちゃんには、そんなプログラムないんだよ〜って」

 少し耕輔の顔が笑った。多分律佳の愉快な言い方に、ぎこちない違和感を感じたせいだろう。

 智香の頭にもその愉快な、律佳の笑顔が見えた気がした。そのおかげで冷静にもなれた。そして、思考が戻ってくる、冷静な思考力が。

 怒りが消えた智香には、なんとなく耕輔の言い分が理解出来たような気がした。だが何かが足りない。実体が見えてこない。

「賭けようと思ったんだ。律佳に」

「賭ける・・・?」

 一体、なにを。

「ああ・・・そのプログラムとやらを乗り越えられるかどうか・・・な」

「あ・・・!!」

 智香に閃きが遮った。

 そういうことだったのか。何故、気付かなかったのだろう。耕輔は、律佳を壊そうとしてたんじゃない。壁となって、律佳を試していたのだ。それこそ律佳には辛かっただろうが、耕輔も同じだけ辛かったはずだ。

 プログラムと言うライドの壁を越えて、律佳には人間になってほしかった。きっと耕輔はそう思っていたのだ。その壁を越えられないのなら、そう、確かに律佳は兵器なのだ、ライドなのだ。

「結果は見ての通りだがな」

 見透かしたようにキョウが言ってくる。それでも耕輔は頭を振り、

「まだ、終わってない・・・!律佳はそんなに弱くない!!」

 そう言う耕輔に対し、キョウは微笑も怒りも浮かべず、

「馬鹿も休み休み言え。律佳は死んだ」

「死なないさ。律佳は・・・」

 本当はどうだか分からない。キョウの言うとおり、律佳は壊れて、挙句死んでいるかもしれない。けど、それでも、意地・・・いや、意思だけは曲げられない。

 耕輔は振り向かず、智香に聞いた。

「智香さん、律佳は・・・!?」

 律佳の体はとても冷たくなっていた。生きている証だったあの痙攣でさえ止まっている。目もうつろに開いたまま――。

 智香は熱いものがこみ上げてくるのを抑えながら、

「律佳ちゃんは、生きてますよ・・・」

 か細い声だったが、しっかりと言い切った。そういえばライドには、涙と言うプログラムは、ない。

 耕輔は得意げに、だが冷や汗をかきながら、微笑を浮かべた。

「キョウ、殺し損ねたな」

「ちっ・・・――」

 そこで、ピリリリ、と、携帯の呼び出し音らしきものが鳴った。キョウは慌てもせず、やはり銃口をそのままにし、手のひら程度の無線機を取り出した。通信をONにして、耳に当てる。

「こちらダーハン1。どうした」

 言うと、少年の声がした。だが何だか子供の声やら奥さんの声やらが、無線越しに聞こえる。

「待って、ちょっと電話・・・・・・こちらダーハン2、作戦は終了しましたか」

 言っている少年の横で、と無線越しに、誰かが、さくせんてなぁーに、と言う女の子の声がした。だが気にせず、キョウは淡々と答えた。

「まだだ。が、すぐ終了する」

「そうですか。では・・・」

「待て」

「なんでしょう」

「この作戦とは関係なさそうなのだが。隣に誰かいるのか」

「あ・・・いえ」

 少年が言葉に詰まっていると、やはり先ほどの少女の声がした。

「んー?私?私は、あげさと りんって言って――」

 ザザザッとノイズが入り、いつも非常で冷淡な少年とは思えない、感情タップリに入った、少年の声がした。

「あ、ちょ、だめだよ、りんさん。人の電話中は邪魔しちゃダメなんだ」

「あ、ごめんなさい・・・。今度から注意するねっ。“雄谷”くん」

 しょんぼりしたような、それでいて何だか楽しそうに少女は答えた。雄谷と呼ばれたダーハン2、つまり少年は、うんうんと頷いたようで、それが無線越しに聞こえる。

「わかったみたいだね。りんさんは通常の人間より賢いみたい。・・・あ、シツレイしました。この子は、別に関係ありませんから」

 その折、違うもん、友達だもん、とか言う少女の声が聞こえる。呆れもせず、黙々とキョウは推察し、答えた。

「・・・忙しいので、では」

 ピッと通信をOFFにする。そして耕輔に向き直り、

「・・・作戦時間を大幅にオーバーしてしまったようだ。・・・伊井森 耕輔。お前はまだデータ不足だ。殺すに惜しい。今日の所は生かしておく」

 彼は拳銃を下ろし、ホルスターに戻した。

「ふぅ・・・」

 途端力が抜ける耕輔。思い切りため息を吐いてしまった。

「律佳ちゃん・・・」

 智香は囁くように、うつろに窓の夕陽を見つめている律佳を呼んだ。すると。

「システム停止。過去のログを検索中・・・」

「え・・・」

 口を開閉せずに、機械的な声を出す律佳に、彼女は目を見開いた。

「該当アリ。記憶を再生します」

 律佳は目を“自分”で閉じ、そして開いた。しかしその眼は、律佳ではなかった。

 それでも智香には、その眼に覚えがあった。

 今でも思い出せる、とても懐かしく優しい思い出共に・・・・・・最大のあやまちの記憶を。

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