其の九の十四
「ヤ…ヤだよ、こうすけ…私…」
自分をただの兵器として見られたくないのだろう、律佳は目を潤ませ、耕輔の目を覗き込んだ。
「律佳…」
耕輔もその意味を分かっていた。ここで彼が、彼女をライドとして…つまり兵器だと受け取ってしまえば、智香の言うように、きっと“壊れ”てしまうのだろう。
今すぐ。ここで。智香、耕輔の目の前で。
「耕輔クン…どうか…律佳ちゃんを…」
認めてください、智香がそう言いたいのは分かる。嘘をついてでも、ここは彼女を兵器以外のものとして認めてあげるべきだ。それが人間の優しさでもある。
「律佳…お前は…」
お前は…そう、
「……ライドなんだよ――」
およそ期待はずれだった。そんなことを言うはずがないと、智香は思っていた。
「こ、耕輔クン…?そんな…」
彼女は目を見開き、律佳はまるで心臓を一突きされたような表情になっている。
耕輔は律佳を見下し、冷たい表情のまま言った。
「お前は…怪物を殺すとき、無常の快感を覚えていたハズだ…」
そう知ったのは彼女と最初に会った五ヶ月前だ。
彼は彼女を、背の低い普通の少女だと思っていた。しかし彼女は、対怪物人型兵器、ライドだと言う。
そのときはとてもそう思えなかった。
が、それを思い知らされたのは、その当時恐れていた怪物を、その少女がニヤつきながら潰している様を見たときだ――。
その顔は無邪気で、生命を奪っていることを感じず、子供がモノを壊しているのと変わらなかった。
今もそうだ。怪物を殺すとき、無邪気に笑いながら…。
いつの間にか、律佳は腕にすがりついて頭を振っていた。
「こうすけ、こうすけ、私、カイブツ殺すとき、そんなこと思ってないよ…」
悲しい、と言うより、“助けて欲しい”。そんな顔だった。
溺れているところを耕輔が通りかかり、必死に助けを求めているような。
「違う…。お前は、怪物を殺して、とてつもなく快感だっただろう…?」
彼女はそれでも頭を振り続ける。
それら見て智香が悲壮な顔をし、堪えれきれずに叫んだ。
「こ、耕輔クン!!律佳ちゃんを壊すつもりですか!?や、やめてください!今律佳ちゃんを助けることが出来るのは――!!」
「壊れるんなら、一層早く壊れてくれよ…」
「なっ…!!」
まさかそんなに冷たい人間だなんて思わなかった…。
智香は“耕輔”と言う人間を見誤っていたらしい。そう、自己中心的で、大事なモノが自分の思っているモノと違うと思えば、ポイと捨てるヤツだったのだ。
「ああぁ…あぁ…!!そんな…!!」
やはり律佳を眠らせてあげるべきだった。もう少し作戦を完璧にしていれば…。
目の前で律佳がガクガクと震えている。耕輔に言われる暴言を必死に抵抗し、耐えている。
見ていられない。
「やめてください!!」
律佳を耕輔から引き離し、彼女をぐっと抱く。
「あなたは悪魔ですか…!?いらないモノなら、さっさと捨てるんですか!?」
耕輔は怪訝顔をして、
「何言ってるんだ?」
そう言った。
よくもそんな…!!
「こんなにも律佳ちゃんはあなたを慕っているのに…どうしてそれを…!!」
耕輔の表情は変わらない。意味が分からないといったふうに。
「無駄だ…」
「えっ…」
そう言ったのは耕輔ではなく、無線で“ダーハン”と呼ばれていた大男だった。
智香はとてつもなく焦った。これは計算外だったのだ。勿論、耕輔がそんな人間だったと言うことも
「…キョウさん!?な、なにしてるんですか!!隠れてないと…」
彼――キョウと呼ばれた男はフッと笑って、視線を耕輔に向けた。
「伊井森 耕輔。気持ちは分からなくもないが、諦めろ」
耕輔は突然現れた大男にフルネームで呼ばれ、焦ったが、その的確で根拠のない言葉に驚き、冷静になった。
「諦めろって…どうして」
「お前が言った通り、律佳はライドだ。それで全て説明がつく」
「あ、あなたたちは何を言って…!!」
智香は律佳を抱いたまま、二人の顔を交互に見て、より悲壮な顔をした。どれもこれも計算外で、しかも言っている意味が分からない。
「まだだ…まだ、分かんないだろ!!」
突然張り上げた耕輔の声に、智香はビクリと肩を震わせた。そこまで声は大きかったし、怒りが表面に現れていたのだ。
ダーハン――キョウと呼ばれた大男は、表情を変えずに、
「分かる。彼女はもうすぐ“壊れる”からな」
智香はハッとして、抱きかかえている律佳を見た。すでに律佳の目は見開かれて、分析エラーの字を羅列させていた。体も痙攣して、ガクガクと定期的に震えているだけだった。
「律佳ちゃ…ん…?」
返事はない。