其の九の十三
「着いたな…」
「うん」
さも当然と平然に返してくる律佳が相手では、今の状況を呑むことは出来ないなと耕輔は思っていた。二人は銃撃をかわし呆気なく第二校舎に侵入出来たのだった。それが何だか腑に落ちない。銃撃までしてきて、これ以上何もないとは、気が抜けてしまうと言うものだ。
それにさっきまでは怪物に殺されかけていたと言うのに、緊張感ゼロで。
それもこれも律佳のおかげでここまで来れたのだろうが、コイツときたら・・・。
「ねー、お腹すいたー」
「我慢しろよ…」
「えー。やーだーよー、何か食べなきゃ死んじゃう」
冗談とは言えそれすら絶対ないと今日確認出来た耕輔は、改めて、律佳の恐ろしさと呆れを感じていた。
「帰ったらラーメン三杯作ってやるから…」
「マジ!?ヤッター!!さっさと終わらせよーぜ!!」
途端に耕輔の前を、腕を回して歩き始める彼女。
ホント調子いいヤツ…。早くいつもの律佳に戻ってくれーって思ってたけど、戻ったら、コレだもんな…。
安堵したのか呆れただけなのか、耕輔はふかぁいため息をついた。
捜索を始め、すぐのことだった。第二校舎三階の窓辺に、見覚えある姿があった。
「智香…」
こちらに向き直り、どこか憂鬱な眼差しを、こちらに向けてくる。いつの間にやら窓の外は真っ赤になっていて、その赤が、彼女を一層鬱気に見せていた。
律佳はそんな智香を直視出来ないでいる。
「律佳ちゃん…耕輔クン…」
「智香…やっぱり…?」
「…すいません…」
やはり、全てを仕組んだのは智香だったようだ。あっさり謝ってしまうということは、そうゆうことだ。
「全て、私が…」
しかし、やはりどこかに疑問が残る。
「…どうしてキミが…あんなにも律佳を慕っていたのに…」
「実は…」
智香は理由を語り始めた。勿論、律佳の殺人未遂、について。その時律佳は、わずかにブルルと震えた気がしたが、勘違いだろうか。
「…実は、律佳ちゃんは…引退なんです」
「引退だって…?」
引退…。その言葉に引っ掛かるような言葉はない。
「ええ。よく、分からないとは思いますが…律佳ちゃんは…。もう、ここには必要ないんです」
「何だって…?それは…どうゆう…」
すぐにピンと来た。つまり律佳は、この学校にもう必要がなく、他へ回されると言うことだろう。
「分かるんじゃないですか…?耕輔クンなら…もう、五ヶ月なんですよ…?」
彼女は頭がいい。だから、律佳の殺人計画は、完成に近かった。ともすれば、耕輔の考えなど、軽く見透かしてしまうだろう。耕輔はかすかに呻き声を上げ、
「…わ、分かってる。分かってるけど、どうしてもういらないんだ?まだ怪物は出るんだろう?国に言や、それくらい取り消してもらえるぞ…?」
そんなことくらい智香にも分かっているだろうに。
「無駄ですよ。私の開発していた“対怪物情報色彩風薫”が完成したんですから。これからライドは用なしになるはずです…そして、平和に…」
耕輔は言い返せない。確かにそれは平和の一歩だ。もうライドと言う人工生命体が必要ないと言うのは…。
待てよ…?
「智香」
「はい」
「答えになってないぞ」
「え…?」
僅かに智香が困惑する。
「俺は、“どうしてキミが律佳を殺そうとしたか”を聞いている」
「……」
彼女は顔を伏せ、目を細めた。
「その…」
言いにくそうに、チラと律佳を見る彼女。
「…律佳ちゃんが壊れるのを、見たくなかったから…」
「壊れる…だって?」
「はい…」
隣の律佳を見る。ぶるぶると、寒くもないのに震えている。妙な汗もかいているようだ。
「律佳…?」
律佳はぎこちなく笑った。
「ん、ん?なぁに、こうすけ…」
何かに怯えている…そんな律佳を見るのは初めてだが、見るからにそう感じた。
と言うことは、さっき震えたように見えたのは勘違いではなく、この話しを知っていたから…つまり律佳がお役御免だということを、律佳自身が知っていた…?
これについて、つじつまが合う律佳の不可解な行動が二点、耕輔の頭に浮かんだ。
一つは、他の学校に救助へ行きたくないと、かたくなに拒んだこと。
二つは、やきそばをおごってくれたこと。
律佳はそんなに気の回る人間ではないし、それに嫌なものは嫌だとハッキリ言う。けれど、この二点は、なんとなく不自然に思えてならなかった。
しかし、今それを律佳に問い詰めてもただ可哀想なだけだ・・・隠してまで、一緒にいてくれて、慕ってくれていると言うことなのだから。
「…で、智香、どうゆうことだ?それは」
「……。それは…耕輔クンと離れることを…律佳ちゃんが拒絶しているんです…」
「拒絶…?」
人間で言う、別れが惜しい、とかそういう次元か?なら…
「そういう体験も必要だと思うが…」
「違うんです。律佳ちゃんは、“別れ”と言う認識プログラムを組まれていないんです」
「……?」
プログラム…。ここで耕輔は、律佳を初めてライドだと感じた。いや、感じざるを得なかった。
「今の律佳ちゃんのプログラムには、確かに“別れ”と言う認識はあるんですが、その…五ヶ月もいたこの土地、学校、生活、そして…あなたとの別れと言うのは、膨大すぎて予測外だったんですよ」
よくわからないが、とにかくこういうことは初めてで、そして考えてなかったのだろうと理解した。
「…だからなのか?律佳を殺そうとしたのは…それが理由?」
「はい…」
その智香の理由に、耕輔は怒りを覚えた。なにせそれは、
「お前がそんなに、律佳のこと信じてなかったなんて…な」
彼女はハッとして、頭をブンブンと振った。彼女も意味するところが分かったようだ。つまり律佳の精神力は、それまでだ、と、彼女は考えていたと言うことになる。
「ち、違います!!律佳ちゃんが壊れると言うことは…!“死”よりも辛いんですよ!?」
それは確かにそうだ。人間でも、慣れ親しんだ人との別れは、時に死よりも辛い。だが、
「それは違う。コイツがどこまで頑張れるかで――」
「違います!!律佳ちゃんはライドなんです!!人間じゃないんですよ!!!」
泣きにも近い智香の声で、びりびりと廊下が揺れた気がした。
――そう、そうだった。この隣で震える少女は、所詮怪物を殺戮するための兵器――ライドだ。