其の九の十二
「律佳!律佳!!」
重力に身を任せている律佳には、耕輔の声は届かない。
それくらい本人も分かっていた。それでも、どうしても、諦められない。死ぬなんて・・・あり得ない。あってはならない。
「律佳!!起きろよ!!起きろってば!!」
揺らすたび、伴って、ぐらりぐらりと首が動く。やはり起きない。本当に死んでしまったのだろうか。温度からしても、冷たくなっていっているのが分かる。
「・・・そんな・・・」
初めて耕輔は、それを“遺体”だと思った。今さっきまで生を持っていた、必死に生きていた遺体を、自分は抱いている。
「くそっ・・・なんで・・・!!」
これが智香のせいでないとしても、何故か智香がとても憎らしくなった。
律佳は死んだんだぞ!!今!!どうしてそのときに!!
智香、何故キミがいない・・・!
心の中で言葉が転がる。何度もそれを呼応する。
ぴ、ぴー。自動再生起動。緊急措置、取ります。
力なく律佳を抱いたままの耕輔の耳に、機械的な声が響いた。だが、どうでもいい。律佳は――。
律佳、復帰します。
「あぁ・・・?うーん・・・」
「・・・え?」
律佳が上半身を起こし、目を擦り始めた。どうでもいいようで全然良くない。耕輔は目を疑うと同時に、じーっと律佳を凝視した。
「 ? こうすけ、なにやってんの?」
「ええぇぇ・・・」
今しがたまで遺体だと思っていたのに、生きていた律佳を見て、耕輔はうなだれ、喜ぶどころか後悔した。
「 ? 」
意味が分からないと言った具合で耕輔を眺める律佳は、やはりいつもの律佳だった。
耕輔も意味が分からなかった。色々問い詰めたい。一番聞きたいのは、何故生きているかだ。
しかしややこしいことは聞いても分からない律佳だ。なにを聞いても無駄だろう。と悟っている耕輔は、
「あぁ、もういい・・・とりあえずー・・・」
「うん?」
「この壁壊せ」
「はーい」
にこっと笑って、律佳は立つと、拳で思い切り壁をぶち壊した。さらに呆れた耕輔は、頭を抱えて言う。
「俺をおぶって第二校舎まで行ってくれ・・・」
「うんっ」
ここは第一校舎の二階、このまま降りたらグシャと潰れ死ぬ。だから律佳に頼むしかなかった。と言うか、本当に脱力させられてしまったので、跳ぶ事はおろか、歩くことも出来ない。体の力は全部抜けてしまったようだ。
耕輔は律佳の背に乗り、そのまま第二校舎へ向かうよう言った。律佳の上は上下が激しく、ちょっと気持ち悪かったが、仕方がないだろう――。
チュンッ!!
「わあッ!?」
「うわっ・・・!!」
何かの軽い音がすると、突然律佳が後ろに跳び下がり、耕輔は第二校舎へ向かう途中の中庭に放り出された。
耕輔はそのまま背中から地面に直撃した。
イテテと呟きながら、背中をさすって律佳を見上げる。
「いきなり、どうしたんだよ・・・律佳・・・」
「さあ、私もよくわかんないけど・・・」
「いやいやいや、それ困る・・・」
「あはっ。えっとね、多分、銃だね」
銃・・・?いきなりなにをいっとるんだコイツは。
擬似死亡のせいか、頭がおかしくなっているらしい。銃など絶対にあり得ない。智香が犯人だとしても、銃なんて扱えるわけ――。
チュン!!
一瞬素早く動いた律佳の近くで、またも軽い音がした。
ってこれはマジで銃・・・?
「ホラホラ!!銃だよ!」
「銃、だな・・・」
それよかぼけーっとここに倒れこんでいるわけにはいかない!!弾に当たったら死んでしまう!!
だが、何気に律佳は楽しそうだった。
「お、おい律佳!!逃げるぞ!!」
「は〜い」
微笑みながら耕輔の後をついてくる律佳の後ろで、軽い音が幾度も鳴り、そのたび律佳はそれを一瞬前に避ける行動をとり続けたのだった。
目指すは第一校舎と第二校舎を繋ぐ渡り廊下。確か第二校舎側の渡り廊下の扉は、壊れていて開きっぱなしな上、閉じれないハズなのだ。そこから第二校舎へ侵入する、予定。