其の九の十一
しんと静まり返った廊下。その中で、智香の心臓だけどくどくと異常に動いていた。
実は。律佳を暴走に導いたのは、智香なのだ。
ある日。智香はライド製造施設はライド貯蔵庫で、カプセルの中とある事故で機能を再生、内からガラスを割って、逃走を始めた。
しかし警備は厳重で、智香はそのライド製造施設の中で逃げるしか術がなかった。外に出ることは不可能――。
逃走から二日。薄い布を羽織っただけの智香は、体力的に限界だった。そこにでくわしたのが、律佳である。
彼女、律佳は、当時今の性格からは考えられないほど優しく、人を気遣う大人っぽい女性だった。
そんな律佳に一瞬で惹かれ、智香は追われているのだと正直に話すと、律佳はそんな智香をかくまってくれるという。
逃走から五日。いつものように家事に専念していた智香は、突然不幸に見舞われる。
その日の正午だ。律佳が智香だけに教えてくれた、愛しい人が突然来た、が。その人は同時に施設警備隊でもあり・・・。捕まることを恐れた智香は、見つからないように律佳を呼び出すと、智香は律佳に刃物を掲げ、ライドの思考中枢とも言うべき後頭部の一部を思い切り突いた。
反動で暴走。律佳は二日間まるまる暴走し、施設のありとあらゆるものを破壊して行った。その中に、自分の愛した男と、他ライドの“雄谷”、律佳を造り出した科学者たちが混ざっていたなど、彼女は知る由もないだろう。そして最後、彼女はやむなく射殺された。
再生した後も律佳は精神崩壊状態となり、矯正に簡易プログラムを打ち込まれ、今の状態に至る。
執拗に律佳を慕う智香は、それらを償うためだった。
そして今。そんな優しい、大切な律佳を、もう一度殺そうとしている。しかもその愛しい人、律佳が愛したこの男とともに。
お互い知らないのだろう、両思いだったことを。
「ダ、ダメですよ・・・」
ばくばくと動く心臓を押さえ、その男に歩み寄る。男は眉一つ動かさず、智香を見つめた。
「いまさらなにを言う。ここの者が皆殺しされてもいいというのか」
「それは、いけません・・・けど!!」
ばっと男にしがみつく。
「あなたは律佳ちゃんを殺した律佳ちゃんに復讐しようとしているんですよね!?」
一瞬嫌な表情に顔を歪めた男だが、
「・・・ああ。そうだ。あいつを・・・」
「聞いてください・・・。実は・・・」
私が、律佳ちゃんを殺したんです。
「っ・・・そのっ・・・」
私が・・・。
「早く言え」
・・・・・・。
「り、律佳ちゃんは・・・死ぬ前、あなたのことを好きだったんです・・・!両思いだったんですよ!」
智香は話を脳裏ですり替えた。とても言えなかった。
だが男はそれでも反応を示し、黙考した後聞いてきた。
「・・・。そうだとしても、何故お前がそれを知っている」
「今の律佳ちゃんになる前にも、仲が良かったもので・・・」
今、とんでもない間違いを犯してしまった気がする。
五ヶ月前も。
ずっと。
また、またやってしまった。
間違った。
「ふむ・・・第三者とは、よく言ったものだ」
納得したように頷くと、男は智香の目を覗き込んだ。
「ならば、共に律佳の弔いが出来るな」
「・・・ええ・・・」
返す言葉もなく、うつろに顔を背くと、智香はまた第一校舎を眺めた。
私は、律佳をまた殺してしまうのか――