其の九の九
どかんと後ろの壁が崩壊した。奥から現れたのはさきほどの怪物だった。よく見ると、いつものヤツと違い、緑の殻ではなく、赤かった。それに角のような突起が赤い目と目の間の上についている。
「あれでやられたら・・・ひとたまりもないな・・・っ!」
耕輔はあの後、ずっと走り続けていたが、怪物は直線に耕輔らを捉え、壁を崩して最短距離で襲ってくるため、逃げ切れないでいた。
背中の律佳はダランとし、だが耕輔を抱きしめ、泣き続けていた。手に力はなく、本当に弱弱しく抱いてきているのがとても痛かった。
「律佳、シッカリしろよ?何とか成るから・・・」
「こうすけ・・・こうすけぇ・・・」
呼びかけないと死んでしまいそうな・・・。いや、律佳は死なない。放っておけば、ただ機能停止するだけだ。再生は勿論出来るらしいが、過去の例において3回ほどしか成功していないらしい。0.5%の可能性だ。だが関係ない、耕輔にとってもう律佳は人間と同じだった。殺されたら、死ぬ。それに、
ここで律佳を殺されたらどうなる!?この学校は!みんなは!?
それ以上に何か、執拗に律佳にこだわる何かがある。よく分からないが、これは恋心ではないことだけハッキリしている。では何なのか。考える余裕もなく、また考えても、決して分かるわけでもなかった。
階段を駆け抜け、二階へ行く。怪物はその後をするするとついてくる。
「早いな・・・ちょっと・・・」
意外な怪物の進行速度に、幾度目の冷や汗をかいた。
時間の問題とは分かっていても、どうしても諦めることは出来ない。せめて智香に理由を聞きたい。
うわっ・・・!?
生徒のゴミだろう、耕輔はコンビニの袋に足をとられ、倒れた。
反動で律佳が廊下に投げ出され、勢いよく壁に打ち付けられた。
「ぅぐぁっ・・・!!」
小さい悲鳴をあげて、律佳はさらに息を荒くさせる。
耕輔本人は、ひざを打ち付けただけでどうという事はなく、すぐさま律佳に駆け寄って上半身を抱えあげた。
目からうっすらと涙を流し、頬をを赤く腫らして眠っているような顔だった。
「だいじょぶか!?律佳!!」
律佳は答えず、ただ辛そうに荒く呼吸をしている。
程なく後ろから、ジュルジュルと音を立てて怪物が上がってきた。もうこちらが逃げないと判断したのか、ゆっくりと迫ってくる。
「く、くそっ・・・」
武器も使えるものもない・・・いや?一つある!
耕輔は廊下に備え付けられている消火器を持ち、一応構えた。だが構えていると言うよりはただ持っているようにしか見えない。
少し経ち、意を決すると、耕輔は消火器を持って怪物に突撃していった。中身をぶちまけることも出来たが、無駄だろうと思ったのだ。先の逃げの道中では、怪物は壁を破壊して来たあたり、音に敏感だと判断したからである。
突撃したのはいいが、あっけなく彼は、鎌の逆手で弾き飛ばされた。
「うわぁっ・・・!」
とてつもない衝撃に弾き飛ばされ、ドン、と教室の壁に打ち据えられる。背中に痛烈な痛みが走った。
消火器は律佳の倒れている横を滑って、およそ届くことないところまで転がって行ってしまった。
「つつつ・・・」
知らずに耕輔は、背中を押さえながら目を開く。
目の前にはすでに怪物がいた。あまりの恐怖に、声が出ない。
赤い目がこちらをギッと睨みつけている。
・・・早く殺せよ・・・。律佳の最後は見たくないんだ・・・。
心内でそう叫んだのが通じたのか、怪物は早々に鎌を振り上げた。
鎌が鋭く耕輔を貫かんと振り下ろされた。
ヒュン、ドゴオオン!!
廊下が砕ける音がして、その場は静寂に包まれる。
「・・・・・・?」
死んでいなかった。
悪運が強いとも思ったが、やはりおかしい。
恐る恐る目を開けると、怪物は外したのか、耕輔の顔の真横に鎌が突き刺さっていた。
「やっぱ・・・偶然か・・・?」
様子を見守る間もなく、怪物が突然、背中から血を吹いた。緑の血液がどろどろとしながらも、勢いよくぶちまけられる。
怪物はギャオオォとかすれた悲鳴をあげ、耕輔に背を向け、自分を攻撃したであろう人物を探した。が、怪物が見えぬ力にまた攻撃を加えられ、グラリと体を揺らされると、また勢いよく血を噴出した。叫
びをあげて、それでも怪物は敵を探し続けたが、そのうちぐったりと身を斜めに傾かせた。
「・・・・・・」
その様子が把握出来ない耕輔は、とりあえず立ち、怪物をジィっと見た。背中がとても痛むが、興奮状態において、痛さを忘れていた。
怪物は動かず、緑の血をだらだらと噴出しているだけだった。傷口もよくわからない。大きすぎて。何かの反動で衝撃が起こり、大穴を作っているように見える。
カツン、と廊下に響く音がした。耕輔はまた恐怖感に襲われ、その方を見たが・・・。
とても信じられない光景だった。
律佳が、ゆらゆらと、安定しない足取りだが、立っていたのだ。体に怪物の血を被っている。
「コウスケを・・・コロスな・・・」
誰の声だか分からないほど、律佳の声は低かった。いや、確かに声は律佳だろうが、元気がないとは言え、あまりに違いすぎるのだ。
「コウスケをコロ、ス、な・・・・・・コウスケをコロ、シ、ス、たら、ワタシは、オマエを、抹消ス、シ、る・・・・・・」
瞬間、律佳は糸の切れた人形のように、どさと廊下にくず折れた。耕輔はそれをぼーっとみやっていたが、頭をぶんと振って、とにかく律佳に走った。
「律佳!」
前のめりに倒れた律佳の上半身を表に向け、抱き上げる。ガクと首が重力に引っ張られていた。
「お、おい律佳!!」
体をゆするが、律佳はその振動に身を任せるだけで、その眠りを破ることはなかった。
「嘘だ・・・!!嘘だぁーーーーーーーーーっ!!」
静寂の場に大きな悲しみが貫かれた。