其の九の七
2組、3組と、順調に駆け抜けるも、体は重くなっていくし、まぶたも重くなってくる。やはり人間にも十分な効果を出せるブレンドをしたらしい。
だが何故こんなことをするのだろう?智香はいつも、毎日微笑んでいたし、不満もなさそうな様子だった。前に、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ寂しそうに微笑んでいたことがあったが、きっとは関係ないだろう。
とすると、やはり分からない。どうして、律佳を殺す必要性があるのか。特に智香は律佳を慕っている。まさかストレスなど感じているはずもない。
「どうしたの?こうすけ」
律佳は不安顔になって黙考しているこうすけが気にかかった。やはり重いのではないだろうか、とか。
「ん、ああ・・・なんでもないよ」
こちらに声を振るう時だけ、わざとらしく笑って、明るくしようとしている。明らかにこうすけは無理をしているのだ。
「なに?どうしたの?無理しないでいいよ」
こうすけはこうすけで、いつもの律佳とは程遠い律佳の対応が心配でならなかった。早く元気な律佳が見たかったのだ。
「無理なんかしてない。ただ・・・」
「ただ・・・?」
「いや、別に。ごめん」
律佳は気になったが、ここはあえて聞き逃した。そういえば智香はどうしたのだろうか。今頃怪物を発見しているのではないだろうか。
「ねぇ、こうすけ。ちぃちゃん、どうしてるかな。あ、実はもう怪物なんか倒しちゃってたり・・・」
「え?・・・ち、智香が、なに?」
「え・・・?いや、だからさ、ちぃちゃんが・・・」
「・・・あ、いや、いい。なぁ、今は智香さん・・・智香のことは言わないでくれよ」
こうすけにしては意外な対応だった。しかも何だか、とても嫌な顔だ。
「どうして?」
「・・・色々とだよ」
少し言いよどんで、こうすけが答えたのがとてもひっかかった。色々とは、どうゆうことだろう。
彼は走り続け、やっとこさ1年3組の裏前までやって来た。あともう少しいけば・・・。
・・・珍しいことは、本当に続くものである。
「なっ・・・!?」
奥の階段から、怪物がぞろりとやってきたのだ。幸か不幸か、それは一匹。しかし。
「ちっ・・・どうする・・・」
律佳は行動不能。使える武器も物もない。怪物は赤い目をまわりに振りまき、敵を探している様子だった。ということはまだこちらに気付いていない。良かった。すぐに死ぬことはない。
「律佳・・・。逃げるぞ?」
「どうして?」
「どうしてって・・・ほら、あそこだ」
耕輔は腰をかがめて、律佳が怪物を視認出来る角度にした。
「・・・ちぃちゃん・・・?」
「・・・はぁ!?何言ってんだお前!!冗談言ってんじゃねぇぞ!」
しかし、眼を細め、怪物を見る律佳の目は、明らかにそれを智香だと認識しており、まして冗談を言っている様子もない。
・・・・・・まさか!?
ここで最悪の事態が耕輔の脳裏に浮かぶ。
ダミーウィンドか・・・!?
智香のサポート・アビリティ、“ダミーウィンド”は、どこに、どうゆうふうに、何を見せるのかまで、細かく設定出来る、“視覚的幻覚”であり、誰に見せるかまでことこまかに設定することが出来るのである。
つまり、智香はこの展開をあらかじめ読み、怪物には人間のダミーウィンド見せつけ、ここまで誘導し、律佳には怪物が智香に見えるよう設定されている・・・ということだ。
「ちぃちゃーん!!」
謀らずも、律佳が手を振り、笑顔で叫ぶ。
ギロリと赤い眼がこちらに向けられた。
「・・・・・・!!」
絶体絶命。もはや、ここまでの運命だろうか。