其の九の五
ジリリリリリ!!!
突然緊急避難用のベルが校内に響き渡った。火災探知機とよく似た音であるが、微妙に音が違う。これは怪物が現れた音だ。
「今日ははえーなー・・・」
教室のみなが慣れた足取りでグラウンドに向かうのを見送りながら、僕はそう口走っていた。
そう、早い。早すぎる。
確かにいつも怪物たちが来るのは、早い時間だが、しかし2時限目から4時限目に現れる可能性が高く、また1時限目ともにその前に現れることはなかった。まー、こうゆうこともあるってことか・・・?
律佳は得意げに笑い、隣で手をパキパキと鳴らした。やる気満々だ。
「私が気分いいもんで妬いてんだな・・・へっ馬鹿なヤツらだよ」
馬鹿はお前だ、と言いたいが、進展がないので言わないでおく。
「律佳ちゃん、それはどうかと思うんですが・・・」
さすがにそれは違うと思ったのか、智香がこちらに歩きながらそう言った。
だが律佳は表情そのままで、ガッツポーズすると、
「うぅうん、間違いないね!!ヤツら妬いてんだよ!」
何故そういつも自信満々なんだ・・・?ってか、間違ってるだろそれ。
「そうですか・・・そう、かもしれませんね」
思わず智香も苦笑してしまったようだ。
・・・っておかしい、智香さんが律佳に対して苦笑するなんて。阿吽の呼吸で笑ってそうなもんなんだけどな。
「そんなことより律佳、智香さん、早く怪物退治して、授業再開させよう?」
「はい、そうですね」
やさしい表情に、根がグッと詰まる感じで智香が答える。
「えぇー、授業ヤダよぉ・・・」
と一人渋っている律佳を、僕と智香さんは見合って、互い笑ってしまった。なによぅ!といつもの調子で彼女は怒ったが、智香がなだめて、何とか怪物探しに至ることとなった。
この学校は四階建てで、校舎が二つ、にらみ合うようにして建っている。そんなに広くはない学校だ。
なので智香さんは隣の第二校舎、僕らはこちらの第一校舎を探すことになった。・・・本当は、僕らが第二校舎を探す方が良かったんだけど・・・。
珍しいことは続くもので、智香は第二校舎を探したいと必死に頼み込んできた。怪物が出現する確立が高いのは第二校舎なのだ。もちろん第一校舎にいるとも限らないが、可能性はとても低くなる。それでも智香は必死に頼み込んできた。
なんでも、律佳を危険にさらしたくないとか・・・。でもどっちにしたって、智香さんは怪物に勝てないわけで、律佳を呼ぶことに変わりはないハズだ。しかしどうしてもと頼まれ、断る理由もないので僕らは渋々納得した。あ、いや、律佳は渋々してなかったな。
あらかた探し終えたところ、僕らは1年3組の教室前で一旦休むことにした。走り続けで体が辛くなったのだ。
珍しいことに律佳も疲れたと言って、教室の傘をたてるために作られた鉄の棒に座り込んだ。
ちなみに座ったのは僕の隣。座ったのはいいが、ここは座るために作られたものではないので、ちょっと座りにくい。しかも鉄なので、とても冷たい。が、休むには最適だ。
しかも今日は晴れてるから、傘は一つもない。障害物なしと言うわけ。
にしても珍しいことは本当に続く、律佳が疲れたなんて本当に珍しい。なにせ彼女は怪物並みの、いや、それ以上の体力の持ち主だから。
「いないなー・・・怪物」
僕は窓から、智香が探しに行った第二校舎をぼけっと見つめた。今頃全速力で走って、探してるんだろうな、なんて思う。
律佳は若干疲れのある声で、
「・・・まー、いない方がいいよ」
「そうだなー・・・」
・・・ってあれ?待て?ん?
隣の律佳を見る。いつもの律佳だ。ただ、今は少々疲れている様子だが――あり得ない。
「お前誰!!!」
跳び退き、耕輔は、律佳からあからさまに“退く”体勢をとった。
「なに言ってんのこうすけ。あ、私の名前忘れた?」
屈託なくにこりと笑ってくる律佳。
・・・いや?
いつもの律佳だ。僕は鉄の棒に、バツが悪く座り直しながら、
「ば、馬鹿。忘れてねーよ」
居心地悪さでそっぽを向いた。
「照れなくていいじゃ〜ん」
虐めるぞと言う言い方で、律佳が笑ってくる。
「違うって言ってるだろ」
そう、本当に違う。今日の律佳はおかしすぎるから、誰なんて言ったのだ。
分かってる。律佳だ。そうじゃなくて、怪物が“いない方がいい”なんて、いつもの律佳らしくない。絶対におかしい。
――・・・故障か?それならどこかおかしくなって、疲れたってのも理解出来なくもない。
何だか、僕も少し疲れ過ぎている気がするけど――関係ないだろう。
「お前、頭イタイ、とか、どっかイタイとこ、ないか?」
故障ならばどこかに異常が起きているかもしれない。
「なに、突然。言い逃れ?」
「とにかく、どうなんだ?」
彼女は僕の顔を疑い深げに見たが、観念した様子で頭の後ろをポリポリと掻いた。
「・・・うぅうん、全然。頭は・・・ボーッとするけど」
「ああ、そう・・・」
ボーッとくらいじゃ故障じゃないな・・・。だって僕もボーッとする。って言うか・・・。
「眠い・・・?」
それに苦しい。なんだ?どういう・・・。
「私も眠いかもー」
反応して、律佳も眠そうな声で言った。
・・・?
これって、もしかして・・・!?
「律佳!!立て!行くぞ!!」
僕は彼女の腕を引っ張り、強引に立たせると、まだ調べていない1年1組の裏・・・予備倉庫へ向かった。とにかく急いで足を走らせる。
「ちょ、ちょ、待ってよこうすけ!!私まだ・・・」
彼女が、辛そうなのと眠そうなのが混じった疲れ声で言ってきたが、
「待てない!!待ったら僕たち、死んじまう!!!」
ハアハアと整わない息のまま答え、朦朧としながら、走った。