其の九の四
二年四組の教室にフラフラと入ると、僕は疲れたように席についた。どっこいしょと言いたい。
続いて律佳も隣に座る。表情は、いつも以上ににこにこしている。
例の電車飛び越えが爽快だった、のだろう。僕にはよくわからないが・・・はあ、ノンキなヤツ・・・。
そこへ雪也が、いつも通りにはにかんで、片手をあげながらやってきた。
「よぉ、おはよう耕輔」
とここまで笑顔だったが、雪也の表情が変わった。どうした?って感じの顔だ。
「・・・どうした、元気ねぇぞ」
アタリだった。
とりあえず、一目見るだけで疲労が分かるところ、僕は相当ゲッソリしているようだ。僕は苦笑いを浮かべた。
「ああ、まあ、ちょっとあって」
ちょっとあって。それに反応したのか、雪也はチラと律佳を見た。彼女はずっとにこにこしている。目の前の耕輔はとてつもなく疲労しているのに。雪也は察した。
彼にはこのパターンに前例がいくつもあった。律佳が特別入学して、五ヶ月と言うまだ短い期間だが、それでも事件は数多く起こっている。と言うか起こりすぎている。無論律佳のせいで。雪也は納得した表情で、口元に手のひらを持っていき、小声で耕輔に言った。
「ああー・・・またか?律佳ちゃんのせいで?」
最後は絶対律佳が聞こえないようにポソリと言う。
「そう、そうなんだよ・・・今日は智香さんも・・・」
と。雪也はここで異常な反応を見せる。明らかに表情が驚きに満ちたのだ。いつものことだが。ちなみに理由は考えなくても分かる。雪也は智香と言う名前が出ると、すぐ顔に出るから。
「え!?・・・ち、智香さんがどうしたって・・・?」
一瞬大声を出してしまったのを抑えて、つつと汗を流しながら彼は聞いてきた。
気は進まないが、言わないわけにはいかないな。僕は朝のことを一部始終話した。
話し終えた頃、雪也が唖然としていた。智香さんが、まさか。そう思っているのだろう。けど雪也も慣れないものだ、毎回智香の異様な行動は話しているのに。そのたび感嘆するとは。関係ないが、何故かそのときには律佳も会話に参加していた。一体いつの間に。本当に分からないのが恐ろしい。
雪也は唖然としながらも、どこか言い訳を見つけようと、焦りながら、
「えぇ・・・智香さんが・・・」
毎度同じく、雪也は、信じられない、と言う顔をした。
関係のないハズの律佳は、
「シビレたよぉ〜今日のちぃちゃんは〜!!」
手を意味もなくブン回しながら、シビレたぁ〜ッと言う顔と声でそう言っていた。
僕はその律佳の動作と意味をそのまんま無視して、雪也に答える。
「ああ、そうなんだよ・・・」
いまだ表情が変わらない雪也。いい加減、本当に、慣れるてもいいと思う・・・。
「でもまあ、それはそれで認めなきゃなんないんだよなぁ〜・・・」
と全く認められていない様子の雪也。
「私も認めるよ〜ちぃちゃんの跳躍力と根性!!」
言わずもこれは律佳。関係ない。
「まさか、律佳を認めて智香さんまで跳ぶとは思わなかったよ・・・」
と上の空、と言うかあの時の、律佳と智香の喜んでいる姿を、僕は思い出していた。本当に智香さんは謎が多い・・・。
そこで、ふぅとため息をつき、
「・・・後で智香さんに聞いてみるかぁ・・・」
力なく雪也は僕と律佳に背を向け、席に戻って行った。律佳はその背をにこにこと見送り、また的外れなことを言う。
「ゆきやもシビれたんだねぇ〜、きっと!」
違うだろ!!と言いたいが、確かにある種シビれたかもしれない。間違っても、刺激的なものではないと思うが。ただ、一目会った時から雪也は智香にシビれていた。が、ここまで毎日シビれさせられるとは思ってもいなかっただろう。
それにしても今日の律佳、本当に楽しそうに笑ってるな。何か言っといてやろうか。いつもなら、言わないけど。
「僕の背中もシビれたよ、律佳・・・」
律佳は表情を変えず、手を顔の手前に持っていって親指をたて、ウインクした。
「でしょでしょ、最高だよね!!」
・・・ダメだこりゃ。
やっぱり律佳には、人を思いやることと、相手の話を聞くことはしない。悪い意味でもいい意味でもなく、それが律佳個人なんだろうな。
そこで一人失笑してまう。
律佳はすかさず、
「あ、やっぱこうすけも楽しかった!?一緒に跳んだからねぇ〜」
・・・楽しいとはお世辞にも言えない。痛かったし。けど、
「ああ、楽しいよ、お前って」
「そうでしょ〜」
律佳は僕の言ったことを理解出来てないけど、そう認識されてもいいだろう。律佳もこれ以上の解釈は出来ないだろうし。
それに・・・。
本当に・・・楽しいかもしれない。
笑えないこともあるけど。でも、楽しそうに笑っているこの律佳が、不思議の火付け役なんだ。今日も昨日も。
少なくとも、僕の中では。