其の九の二
まさか謎の大男が律佳を探しているとも思わず、本人、律佳は家で逆立ちをしていた。逆立ちするために、今は私服である。
「ねぇ〜、どしたらそれくれる〜?」
さっきから“こうすけが”口の中にホイホイ無頓着に入れてくクッキーが気になっていた。残り十枚程度か。
「どうやったってやらねーよ。お前食いすぎだから」
律佳の方には向かず、相変わらずクッキーを頬張る耕輔。
「全然食べてないよ〜?」
「いーや、食いすぎだ」
とは言うものの、何故か太らない律佳。毎日大食い選手並み食うと言うのに。やはり、ライドだからだろうか。
律佳は、食い過ぎ食い過ぎ言われたので、ムッとなった。
「じゃあ、言ってみなよ!」
「ああ。いいぜ。チョコクッキー二箱だろ、ポテチを三袋、ヨーグルトを二個、カレー三杯に、ラーメン二杯」
と言い終えてから、耕輔は律佳を見た。彼女は器用に片手で逆立ちすると、空いた手で、ぴしっと人差し指を立て、
「ホラー!!」
「なにが“ホラー!!”なんだよ!」
ダンッと机を叩き、立った瞬間、入れ物に移し変えたクッキーが、入れ物ごと落ちた。
「あ!!」
二人同時に言い、クッキー落下を防ごうと耕輔がまず動いた。が、律佳がそれを上回る速さで、器用にクッキーをこぼさないように入れ物を蹴り、然る後に、耕輔の顎を蹴り飛ばした。耕輔は強く上に吹っ飛ぶと、律佳が立って、入れ物を手にキャッチするのと同時に、フローリングの床に自由落下した。
「あ、ごめーん・・・つい・・・」
「つい何だーーー!!」
早くも復活した耕輔が、首を押さえながら、椅子に座った。いつも何かと家で攻撃されている耕輔は、いつの間にかタフになってしまったのだ。
「まーとりあえず、クッキーゲットォ〜」
リズミカルに言って、にこにこしながらクッキーを食う律佳を耕輔は悔しそうに眺めていたが、何だか本当に悔しいので、テレビをつけて見ることにした。どうやら戦争ものの番組のようだ。
二人は平凡に、今日という日常を過ごしていた。・・・そんな日常に、魔手が伸びていようとも知らずに。
耕輔の家の近く、さっき少年を襲った大男が、無線を人知れず開いた。
「こちら、ダーハン1からダーハン2へ。確認出来た」
大男がそう言うと、無線機の奥から、まだ年端いかいない少年の声が答えた。
「こちら、ダーハン2、了解。そのまま監視を続けてください」
およそ少年とは思えない冷たい声で応答がきたが、大男は驚きもせずそれを返す。
「ダーハン1、了解」
とは言ったものの、大男は気になることがあった。一応聞いてみることにする。
「・・・ダーハン2、他に動きはないか」
「いいえ、他に目立った動きはありませんが、何か」
やはりない。とするなら、先の“施設”内の騒ぎと言い、今起きた家の中の騒ぎと言い、納得出来ない箇所がある。
「俺の意見が正しければ、ヤツらは何らかの兵器を所有している」
さして驚く様子もなく、少年は答えた。
「兵器、ですか。どうしてそう思うんです」
「ターゲットが妙な動きをする。必要のない攻撃を加えてまで、何かを取り上げようとする動きがある」
「・・・どういうことですか」
「例えば、少年に対する腹部への攻撃。キーワードは“ジョーカー”だ。ターゲットはそれを盗まれ、自然に取り返したように見せたが、“ジョーカー”を取り戻すために必要のない攻撃を加えたのは明らかだ」
「“ジョーカー”ですか。確かに、“戦争”に用いられますが、それはジョーカー以外」
話し最後まで聞かず、大男は、やはり、と頷いた。
「ターゲットはこちらの動きに関して、何らかの情報を得て、兵器を用意したのだ」
「いいえ、それは何かのまちが」
「では、キーワード“クッキー”は何だ」
やはり話しを聞こうとしない。少年はこれ以上は無駄だと思い、脳内知識の、“クッキー”を検索した。
「“クッキー”は、戦争時、携帯保存食として使われたことがあります」
「やはり・・・いつでも持ち出せるように、携帯食を充実させていたか」
「その可能性は低いかと――」
「さすがは女性型ライドの傑作機、と言った所か」
「・・・・・・」
少年はこれまた無駄だと思い、再度指示を下した。
「監視を続けてください」
「了解」
その時大男の耳には、「まだいけるって〜〜!!」と言うターゲットの声と、ガラスの割れる音、何故か銃撃の音ともに、兵士の声、「ここでくたばるなーっ!まだいける!俺たちはまだいける!」が聞こえると、次に「もういくな!どんだけ食う気だ!」と言う第二ターゲットの声が聞こえた。それと同時に、“ヒュゥゥ〜〜ッ”という爆撃弾独特の、落ちていく音がしていたのだった。
〜続く〜