其の一
えっと、オニです。
この『変な学校』は、当方のブログにすでに掲載されている小説です。
さらに、ジャンルは“恐らくファンタジー”と言う危ういモノです
あらかじめご了承下さい!
放課後の廊下。
夕方の光が窓から差し、薄汚れた廊下の白をオレンジ色に照らし出している。
この学校に通っている生徒が下校し、遠くからは野球部の声と、ときたま小気味良い「カキィン」と言う金属音しか聞こえない、普通のどこにでもある放課後。
しかし、それを覆す異端な音が、その時学校で響いていた。
今、その異端なものの前に、ぼうっと突っ立ている少年と、その少年の足に抱きついている中肉中背の教師がいた。
異端者達…怪物と呼ばれる、生存理由不明、出所不明の異形の生物。
理由は分からないが、ヤツらは人間を喰らう。
その怪物たちがゆっくりと、しかし確実に差を詰め、ぞろぞろとうごめいて来る。
「ひ、ヒィッ!!また出たー!!」
少年にしがみついている教師が叫んだ。
「小岩先生、ちょっと大人げないですよ」
少年、伊井森 耕輔は、その教師に少々渋い、鬱陶しいと言う様子の顔を見せた。
「きき、君が大人げありすぎなんだよっ!し、死ぬ死ぬ、死んじゃうぅ〜〜!!!」
まあ。確かに現状突っ立てる場合ではない。このまま何もしないでいたら、命を落とす危険性がある。
それにしたって先生は怖がり過ぎだ。蜘蛛のような足に蟹の頭をくっつけたような緑の怪物たちが迫ってきているかといって…。もう少し待てば彼女が来るだろうに。彼女が来れば、助かる。
このように毎日が危険に晒されている異常な学校だが、なんと。今まで“この学校”で死人は一人さえ出たことがない。
別に兵器が充実しているからとか、実は学校の生徒みなが熟練して鍛え上げられた兵士ってわけでもない。
ただ一人の少女が、この学校に来たときから、この恐怖は“恐怖”でなくなった。
…いや。彼女と違い、僕ら人間なんて、カイブツたちの前ではとても非力なものだから、恐怖くらいはしてもいいのか…。
ああ、今がそうかもしれないな。ヘタをすれば死ぬ。
時計を見る。怪物が現れてから約30秒。…彼女はまだ来ていない。…何でこういう絶望的なときに、あいつは遅れるんだよ…。
彼女が来れば100%助かる。が、万が一来ないとなると話は別だ。死ぬかもしれない。しかしどうやら僕の中の怖いと言う感覚は麻痺しているらしい。全然怖くないのだ。加えて、頭は結構冷静に動いてくれている。混乱するどころか、落ち着いている証拠だ。
と思考をそこで止めて、気付けば…未だ足元でヒィヒィ言って、僕の足を掴んでいる“先生”。
小岩先生である。本名、小岩 師鉄。中肉中背の中年教諭だ。
僕と違ってこの先生はまだ怪物に慣れていない様子だ・・・。はぁ。この人、僕ら生徒には、先生が小さい頃勉強が結構出来たからって「これくらいなんで出来ないんだ」とかいっつもエバりながら言ってウルサイのに…。こうゆうときに限って…
いや、これまた違う意味でうるさいな…情けな…。
依然ジュルジュルいいながら、コチラに向かってくるヤツ(怪物)ら。そのおり、彼は腕時計を覗き込んだ。
今日はアイツ、ホンット遅いな…40秒…。今までなら有り得ないタイムロ――
「おーっ!コンサート会場はここだったのかーっ!!」
その時、パスパスと軽快な足音を鳴らしながら長いポニーテール揺らして健康そうな少女が「ダムンッ」と眼前に立った。
小岩が泣きそうな声で彼女の名前を呼んだ。
律佳と。
「はぁ…。遅いじゃないか?」
僕はその少女「律佳」に、抑揚のない声でたずねた。正直死ななくても良いという安堵感も得たが、ちょっとした変な戦慄も得てしまったからだ。
「んあぁ、ちぃちゃんにスパゲッティもらっててさ」
彼女はニッと笑ってペロリと舌なめずりした。
ああ、だから口許に赤いソースがついてるのか。ナットク。コンサートに遅れたのもついでに。って、いやいや、そんなことよりも。
「早く何とかしろよ」
死ぬにはまだ、早すぎるからだ。実際、少年と怪物の距離はかなり詰まってきていた。
律佳はニヤッとして、パキパキッと指を鳴らし、
「okok、焦らないでー」
カイブツたちに武器ももたず、飛ぶような速さで突撃していった。
そう、この少女こそ、先ほどから言っていた“彼女”だった。と言っても僕らは恋愛中ってわけではない。ただきまぐれにそう形容しただけだ。
耕輔は頭の中で、今までの対怪物戦を基盤として現行の戦闘を予見した。
相手は10。律佳は絶好調。――余裕だな。彼は笑いもせずに口許が緩んだ。
カイブツたちは、その一人の人間――律佳に対して、鎌のようになっている腕を振り上げ、ブンと振り下ろした。
けれどその鎌は、少女を切りつけること無く空を刺して、廊下に大穴を作っただけに終わった。
その瞬間にも律佳は、素早く、鮮やかに怪物に間を詰め、
「おせーんだよ、ぶぁーか」
愛嬌を含んだ声で言って、そのカイブツの顔面――赤い目と目の間に、グローブをはめた拳を、怪物の顔を潰すほど埋めた。
ブシィッと緑の血液が噴出し、その怪物はそれきり沈んで動かなくなった。
「よえー、相手になんないな」
こんなもんかといった様子で、律佳は同様に怪物たちを片付けていった。
と簡単に表しているが、実際は次々と飛ぶ返り血を浴びながら、律佳は笑顔のままで勢いよく、カイブツたちを殺戮していったのだ。
ホントエグい。怪物とは言ってもヤツらは生物なわけだし…。
そこら中に緑の血が吹き荒れ、肉片などがベチャベチャ飛び散りもした。んんむ……。
それが終わった頃には、彼女はペンキでもかぶったように緑でドロドロになったいた。しかし彼女の表情は、砂場で泥んこになった幼女のような笑顔だったりして。おくびには出さないが、その矛盾はかなりの度合いで不気味である。
本当に因みになるが、その頃にはすでに小岩の姿は無かった。いつぞや逃げ出したようだ。最後まで情けない。
明日、みんなにあいつのことチクりまくってやろうっと…。
などと頭の中でつまらないことを考えながら、彼は律佳に呟いた。
「はぁ…まあこうも景気良く、バシバシバシと…」
耕輔は軽く発汗したこめかみを、人差し指で掻いた。
「うーん。シゴトだからねー」
聞かれた律佳が無頓着に言う。
「嘘だ。どう見たって楽しそうだった」
「あー、やっぱりーバレたー?」
にんまり笑って、手をヒラヒラさせている。まあいつもこの調子だから、慣れたと言えば慣れたがー…。
「あー、もう…」
慣れはしても、見てると相変わらず疲れる。彼は彼女に背を向けて、ぶっきらぼうに片手をあげた。
「処理任せたー」
言いながら、コツコツと階段を下りる。
処理、と言うのは、飛散した怪物の血や肉を、明日までに綺麗にしておくことを言う。それを知っている律佳、「うあーーっ!!?卑怯者ーーーっ!!」
と後ろから耳が機能しなくなるのではないかと疑問を持たせるくらいにうるさく叫んで来たが、耕輔はそこをどうにかして聞く耳持たず、そのまま学校を後にした。
正門の玄関口まで出てきて、耕輔は学校を振り返った。
背から夕陽を浴びている古びた学校。そして感慨に耽る。
…危険な、それでいて日常的な変な学校。今各地で、こんなことが起きている…。