第Ⅸ十Ⅷ話:Iのカタチ。
「あれ?葵くんは?」
征樹達を呼びに行った杏奈が、一人で帰って来た事に首を傾げる奏。
「う~ん、部屋にいなかったんだよね。何処に行ってんだか。」
まさか、静流と一緒に風呂場にいたとは思わない。
「静流さんは?」
「静流さんですか?お風呂に入ってました。後から来ると思います。」
「そう・・・お風呂ね。」
何かを確認するかのような琴音に、今度は杏奈が首を傾げる。
「なんか、今日は本当に噛み合わないなぁ。」
そして盛り上がらない。
だが・・・チラリと奏を見て思う。
「先輩的には、一歩前進だもんね・・・。」
「私?!」
「だってそうでしょー。」
ちょっぴり悔しい気分と、羨ましい気分。
当の征樹がいない今なら、これくらい言っても構わないだろうと。
「でも・・・さっき・・・保留にされちゃったから・・・。」 「はぁっ?!」
突然の大きな声に竦む奏。
「あ、あ、あ、でも、あれは・・・振れられた・・・の、かも・・・。」 「何時?!」
本当に自分の知らぬ間に話が進んでいる。
いや、当人同士の問題であるから、杏奈に許可を取る必要は全くないのだが、それでもなにやら納得出来ない。
例え、それが奏が振られる結果であったとしてもだ。
「葵くんは、杏奈さんの言う通り、人との関係を作るのは、下手かも・・・知れない。でも・・・。」
きっと征樹だって、あの言葉を考えて紡ぎ出すのに、色々と大変だったのだろうと奏は思う。
それでも征樹が一所懸命に伝えようとしてくれたから。
「葵くんは、葵くんなりに考えてくれた・・・。それが解ったからいいの。」 「いいのって何がよ!」
腑に落ちない。
何が言いというのだろう?
現状がほとんど変わっていないではないか。
「これからね、葵くんは、自分のペースで私達と、色んな人達と話して、どんどん変わっていくんだと思うの。」
「本当は誰でも皆、そうやって生きているもの。」
奏の言葉に頷きながら、琴音が更に補足する。
「だからね、私、待とうと思う・・・勿論、葵くんが私を選んでくれるか解らないけれど・・・でもね、これからかなって・・・。」
奏は自分の腕で、自分の身体をきゅっと抱く。
「人と解り合うって、簡単なようで大変だって思った・・・でも、私、やっぱり葵くんと話したい・・・もっとよく知りたい。」
「先輩・・・。」
征樹の事を考えているという点では杏奈と同じ、ただ一番最初にあった自分主体の想いはなく、相手である征樹の事を第一に考えただけ。
そういう考えには、誰も反論・否定の言葉はない。
「あらあら、じゃあ、これで完全なライバル宣言ね?」
「え?」
「あ。」
旅行中にあった連帯感を一瞬にして破壊するような琴音の一言。
奏と杏奈が琴音をまじまじと見つめる。
ただ、琴音はいつもの微笑みだったが。
「そうなのかな?」
思わず奏は杏奈に尋ねてしまう。
「・・・・・・それも、征樹次第・・・かな。」
杏奈はそう答えるのが精一杯だった。
「ごめんなさい、遅くなって・・・て、三人とも何かあったのかしら?」
ちょうど全員の会話が途切れたタイミングで姿を現した静流が、その沈黙に対して問いかける。
「あ~、何かあったかと言えば、あったけど・・・。」
困り果てて言葉を濁す杏奈。
「えと・・・今日の反省会?・・・デス。」
先程までの確固たる信念のような決意・態度は何処へやら。
語尾がどんどんとか細くなっていく、何時もの奏がそこにはいた。
「そうね・・・反省会と決意表明と・・・あとは、愛情表現ってトコかしら、ね?」
最後に一体誰に同意を求めているのかと突っ込みたくなる皆であったが、琴音がその言葉を隣の静流を見ながら言ったところを見ると、最終的には彼女の言っているようにも取れる。
「お風呂、楽しかった?」
「へ?あ、え、えぇ・・・。」
見事な不意打ち。
お陰で静流は、まともな返答とは程遠い反応しか出来なかった。
「愛情表現♪」
静流の返答に対する琴音の言葉は、まるで全てを知っているかの如く・・・そして、極上スマイルだった。




