第Ⅸ十Ⅴ話:夏のイベントと言うけれど・・・?
時はほんの少し遡って・・・。
「はぁ・・・。」
廊下で一人溜め息をついているのは静流だ。
夕食を終え、あとは寝るまでの自由時間・・・なのだが、一人テンションが下がりまくっていた。
夏はイベント盛り沢山とよく言うが、これはちょっと特盛り過ぎだ。
ただでさえ、10以上も歳の離れた少年と同居する事でも大変だというのに・・・。
「違うわね・・・。」
それは本質的な問題のすり替えだと考えるのも、静流という人間の真面目さだ。
杏奈と親しくなった征樹。
奏に告白された征樹。
同居という時間的有利(?)があるのにも関わらず、大きく溝を空けられた。
いや、それよりも琴音の"おばちゃん"発言にも大きな精神的ダメージを受けた。
(あと・・・5年早く生まれていれば・・・。)
そもそも征樹と出会う事もないだろう。
5年早く出会ったとしても、現状と同じだ。
より犯罪の匂いがする。
そう考えると、結局時間ではないのではないか?とも静流は思う。
最初は嫌々で・・・次は見守りたいという母性にも近い保護者的感覚。
でも、今は・・・。
「はぁ・・・。」
再び溜め息。
「征樹くんにとって、私は・・・・・・やっぱり、保護者、よね。」
それ以外のナニモノでもないだろう。
しかし、それでは"期限付き"になってしまう。
それは静流の望むところではない。
確実にそう思うのだが・・・。
「嫌ね、こういうの。」
様々な不安、リスクばかりが次々と思い浮かぶ。
「あら?」
溜め息をついたまま、とぼとぼ部屋のノブに手をかけると、鍵がかかっている。
(征樹くん、いないのかしら?)
先に戻ったはずの征樹が部屋にいない。
一緒に入浴をしなかったから、もしかしたら浴場にでも行っているのだろうか?
(じゃあ・・・今なら・・・。)
ふと、自分も琴音のように・・・と頭に過ったが、すぐさま思考から追い出す。
しかし、持っていた鍵で扉を開け、自分のバックから着替えをいそいそと取り出して、頭を振る。
「・・・・・・馬鹿みたい。」
人の顔を伺い、悩み、自嘲し、また悩む。
今までの人生の中で、ほとんど有り得なかった事だけに、どうしたらいいのかが解らない。
あまりの勝手の違いに脱力して、その場に座り込んでしまう。
「本当、馬鹿みたいね・・・。」
着替えを握り締めたまま、再び呟く。
そのまま視線を落とし、動こうとしない静流。
もう征樹を探して、貸切風呂に行く気力も抜けてしまっていた。
しかし、気分転換をしたい気もある。
(この際、内風呂でもいいか・・・。)
何よりも近い。
部屋から出なくて済む。
今まで大浴場や貸切風呂ばかり使っていて、内風呂を使う機会が無かったが、これはこれでいいだろうと一人納得する。
(確か高級そうな檜風呂なのよね。)
こういう所のチェックに抜かりが無いのも、静流が生真面目だというのが表れている。
ともかく着替えも用意した事でもあるし、征樹が外に出ている間に入浴を済ませてしまおうと考えた静流は、ようやく再動を始める。
征樹が戻ってきたら、まがりなりにも"二人の時間"を過ごせるという期待だけを胸に。
それは静流にとっては大切な時間には違いない。
そして長々と一人の少年と、一人の女性が悩んだ時間を経て、時は今という現状に至る。
「あ。」 「え?」
固まる二人、沈黙が降り、凍る空気。
ハプニングというのは、得てしてそれに遭遇する者達にとっては予期せぬものだから、ハプニングというのだが。
これもまた、夏のイベントの一つなのだろうか・・・?
お約束、お約束。




