第Ⅷ十Ⅸ話:大事な事を見落とさない為には?
「あれ?奏ちゃん?」
最初に気づいたのは琴音だった。
ぼんやりとした表情で、トボトボとこちらに歩いて来る奏。
彼女は一人だった。
「一人?征樹は?」
一人で戻ってきた奏に当然の質問が投げかけられる。
「奏さん?」
その様子があまりにもおかしい事にようやく気づいた静流が、心配そうな表情で・・・。
「ごめんなさい・・・。」
一言だけ答えた奏の発言の意図を皆が掴めなかった。
「・・・私・・・葵くんに・・・告白・・・しちゃった・・・。」
「は?」
最初にその反応したのは誰だったのだろうか。
「まぁ。ステキね。」
他人事のように間延びした琴音の声で、ようやく金縛りが解ける。
「アンタねぇっ!」
声を荒げたのは杏奈だった。
「杏奈ちゃん、落ち着いて・・・。」 「られないっ!」
キッと琴音を睨みつける。
「ほら、告白はその人の自由だし・・・。」
杏奈に負けず劣らず心中穏やかではない静流ではあったが、なんとか自分は大人というとこで踏みとどまった。
隣にいる琴音が、ある意味で冷静だったとういうのが功を奏したとも言える。
「最初はただ見ていれば良かった・・・でも、杏奈さんが居るのを見て・・・もしかしたらって・・・我慢できなくなって・・・私の居場所なんてないって解っても。ごめんなさい・・・皆さんだって、その、葵くんの事が好きなのに・・・。」
「そういう問題じゃない!」
「え?」
では、なんだというのだろう?
「征樹は今までずっと一人で他人との距離の取り方も、興味も持てなかった。それはどうしてだか解る?!」
「お母様が亡くなられたから・・・。」 「あのクソ所長の怠慢。」
琴音、静流、どちらの言い分もその通りだ。
「征樹は、自分が誰かに愛されるのが信じられないの!怖いの!折角、人との・・・私達との距離が近づいて、やっと周りに目がいくようになったのに・・・。」
ぎゅっと自分の服の胸倉を掴む杏奈。
「ようやく・・・人と関わってみようって、そう変わり始めたのに!もし、これでまた誰かを信じられなくなったり、人との距離感が掴めなくなったりしたら、先輩のせいだからね!」
誰にだって失う事への恐怖はあるものだ。
杏奈だって、静流だって、琴音だって。
他人から見れば、取るに足りない杞憂のような事だとしても。
確かに奏の指摘通り、杏奈は征樹の事が好きだ。
傍にいたいし、告白だってしたいし、恋人にだってなりたい。
でも、それは今すぐの行動を、自分の想いの全てを表に出さなくてもいいと思い始めるようになった。
あんな大胆な事をした後では、説得力も無いが。
「征樹くんは、自分が誰にも愛されないと思ってきたから・・・。」
静流はそれがとても哀しい。
自分の事のように。
「よく解らないのよね・・・だから、手放しで傍にいなければいけない。そういう人間でないと征樹ちゃんの傍にはいられない。ただ、自分の事だけをぶつけるだけじゃ・・・ね?」
琴音が常に思い、考えていた言葉、行動指針を述べる。
人の答えが、それぞれ違うのは、生きていれば当然だ。
だが、事、征樹の事となると、それは別だ。
そうでなければいなけないのだという無言の沈黙が降りる・・・と。
「あの、ただいま・・・。」
「征樹くん?!」
困ったような表情の征樹。
その頭には、何処で手に入れたのか、白い麦わら帽子がちょこんと乗っかっている。
それは清楚過ぎて普通は、男の子には似合わないはずなのだが、何故か征樹にはアンバランスの中にもしっくりきていた。
「勝手に行動しててすみません。」
征樹は、周りにいる人間にペコリと頭を軽く下げ謝罪の意を表す。
旅行先で、時間や行き先を指定せずに居なくなる事は、周囲に多大な迷惑を与える事になるだろうというのは、征樹にだって理解出来るからだ。
「いいのよ、ね、琴音さん?」
一番冷静であろう琴音に話題を振るくらいしか、静流には出来なかった。
逆に言えば、それだけ自分もあまり冷静ではないという事だ。
「そうね、今日は戻りましょうか。まだ明日もあるものね。」
陽気に、まるで先程までの険悪に近かったムードが無かったかのような口ぶり。
「奏先輩も杏奈もまた、明日だね。」
「葵くん。」
二人に微笑みながら、呟かれた言葉は奏にとって意外過ぎる一言だった。
それは奏だけでなく、杏奈や静流にっても同じだったのは言うまでもない。
翌日更新アリマス。




