第Ⅷ十Ⅵ話:見出せないのは誰のせいでもなくて・・・。
「両親が離婚して、家族がバラバラになって・・・父は仕事でいつも一人で・・・。」
奏は思い出す。
温かさを感じず、冷え切った家の中、日々何もしたくなくなる程。
生きる気力すらも削り取られていく。
だが、寂しくてもその心情を吐露する相手もいない。
「そんな時にね、妹の部屋だった所で見つけたの・・・。」
それは小さな手帳。
表紙にはまだ苗字が変わる前の・・・"しのみや かなん"の文字。
「妹の日記帳。」
両親の毎日のように繰り返される喧嘩の事、日々の辛かった事、苦しかった事。
幼かったから、それ程細かく書いてあるわけではなかった。
しかし、中身のほとんどが当時、姉である自分の思っている事、苦しいという認識と大差ない事だけは理解出来た。
「余り良い事は書いてなかったけど・・・でも、それは途中から違ったの。なんでだと思う?」
沈黙を守って耳を傾けていた征樹への問いかけ。
「・・・それは・・・僕?」
頷く奏。
逆に肯定の返事が来た事が征樹には信じられない。
自分が一緒にいた誰かが・・・。
「綺麗で優しいお母さんが自慢で、凄く楽しそうに話してくれたって。」
そうかも知れない。
自分は本当に母が大好きだったから・・・。
「毎日がつまらなくて、葵くんが話しかけてきても、返事をしなかった事がほとんどだったけれど、話しかけてきてくれた事自体が嬉しかったって・・・。」
話しかけても返事をする事がなかったから、そんな人間と会話していた、そういう人間が近くにいた事を覚えてなかったのだろうか?
それならば、ある程度納得出来る。
「妹越しだったけれど、私はずっと葵くんを見てたの。ずっと・・・。」
奏の声がゾクリとする。
だが、感覚の正体は征樹にはわからない。
「中学に入って、葵くんを見つけた時は凄く嬉しかった・・・嬉しかったけど、ショックだった。」
(僕が奏先輩の知っている、妹の日記に書いてあるような以前の僕じゃないから・・・。)
ある意味、勝手だなと征樹は思う。
どう変わろうと征樹は征樹で、他人にどうこう言われたり、落胆されるべきではないから。
かと言って、自分が他人に高い評価を付けてもらえるとも思ってもいないが。
「何があったんだろうって・・・。」
一番会いたいと思っていた人は、日記の中の人物と同一人物とは奏には信じられなかったから。
無視するようにしてほとんど会話すらしなかったという妹と同じような征樹。
妹は辛い日々があったから、そんな風になってしまった・・・では、征樹の身には一体何が?
(それで詳しかった・・・か。)
「色々と聞いて、知って・・・どうしても話したくて・・・何時か声をかけてみようって・・・。」
「でも、僕は妹さんを覚えていなかったから・・・。」
「昔のことだもの・・・でも・・・私はずっと好き。日記の中の葵くんも、今の葵くんも。」
(どうして、そんな事を言えるんだろう?)
幼い頃の、しかも文字でしか知らない葵 征樹。
そして、それとはうって変わって落胆させてしまった葵 征樹に対して。
何故?
「杏奈さんがもう傍にいて、静流さんや琴音さんが居て・・・もう、私には居場所も出来る事もないかも知れないけれど・・・でも、一緒にいたいの!」
「僕はそんなに可哀相な人間に見える?」
胸がチクリと痛い。
自分で言って、自分が惨めになる。
それと同時に心がすぅっと冷えていく。
「そんなんじゃない!ただ・・・やっぱり葵くんは優しかったから・・・。」
"優しい"
最初にゾクリとした感触が、背中からじわじわと征樹の身体に広がってゆく。
それと反比例するかのように頭はどんどん冷静に。
「だから気紛れだって・・・。」
再度、征樹は主張する。
「でも、私は助けてもらったよ?今日の事だけじゃなくて、保健室でも。それにね・・・やっぱり、私は葵くんの事が好きだよ。」
心臓を鷲掴みされるような・・・胸の痛みが激しくなってきた征樹は、今にも呻き出しそうだった。
或いは、叫び出しても、もんどり打ってもいい。
「・・・奏先輩、先に皆の所へ戻ってもらえないかな・・・。」
言いようもない苦しさだけが征樹の身体を支配してゆく中で、よくやくその言葉だけを吐く。
「葵くん・・・。」
心配そうに声をかけてる奏の瞳すら、正視する事が出来ない。
「大丈夫。少ししたら戻るから・・・。」
背を向けて、何時ものとはまた違った脱兎的逃走をするしかなかった。
(もう一つだけ・・・伝えたい事があったのに・・・。)
誰だ、奏先輩をただのストーカーとか言ったヤツは。
ただのヤンデレだ(マテ)




