第Ⅷ十Ⅴ話:回顧されるべきモノ。
何がどうとは言えなかった。
だが、何かが引っかかっていた。
征樹の中で、何か。
「今、なんて?」
もう一度聞き返す。
すすり泣く声、奏が落ち着いて話し出すまで、征樹はじっと待っていた。
「最初に会った時、変だと思わなかった?」
変?
確かにインパクトある出会いではあると征樹は思う。
「いくら、私がドジでも、"好きな人"の下駄箱なんて間違わないよ?」
「でも・・・。」 「間違わないよ。」
流れ落ちた涙を拭いながら、奏は微笑む。
反対に征樹は困惑していた。
大体において、征樹は基本的に他人に興味が湧かないタイプだ。
確かに奏とは初対面のはず。
「僕は、だって先輩と初対面・・・?」
自信がない。
これまで気づかないで通り過ぎて行った事が多過ぎる。
「うん。でもね、"私達"はずっと見てたんだよ?」
まただ。
奏は複数形を使う。
「その"私達"って・・・?」
全く解らない、身に覚えが無い。
「私ね、葵くんのコト、沢山知ってるの。」
「僕の事を?」
また核心から離れた気がして、少しイラついたが、とにかく気になる事が多い、多過ぎる。
奏の話を大人しく聞こう、そう征樹は考える。
「そう、おかしいと思わない?私は初対面じゃなくても、沢山知ってて。」
「・・・。」
「葵くんは両利き。でも最初は左利きだったよね?今でもたまに左を使うよね?」
合っている。
祖父母の家に行ってから、そう矯正された。
「好きな食べ物はカレーで、嫌いなのはらっきょう。次に好きなのは"オムライス"お母様が得意なの。」
それも合っている。
特に最後のは、杏奈しか話していないハズなのに。
「好きな花は鈴蘭。小さい頃は、振ると本当に音が鳴る花なんだって勘違いしてた。」
誰にも言った事のない恥まで。
(まてよ・・・。)
果たして、本当に誰にも言った事がなかっただろうか?
今まで一度も?
それにさっきから口にされる複数形。
「先輩とは、初対面だったけれど・・・先輩の知っている誰かとは初対面じゃない?」
もし、自分の情報が誰か第三者から、彼女に提供されているとしたら、話は別だ。
それなら辻褄が合う。
きっと恐らくそういう事なんだろうと・・・。
「河野 歌南。私の妹・・・私達はずっと貴方を見てた・・・。」
「河野?」
奏の苗字は"四之宮"だ。
「両親が離婚してね。知ってる?妹は葵くんが小さい頃、よく一緒にいたんだよ?」
全く征樹の記憶にはない。
小さい頃と言われても何時の事だろうかと征樹は記憶の糸を手繰り寄せようとする。
先程、奏が言っていた内容なんて、征樹はほとんど話した事がない事ばかりだ。
特に母の話題など、亡くなってからしたのなんて皆無だ。
という事は、彼女の言う小さい頃というのは、母が亡くなる前という事になるだろう。
「覚えてない?」
困った事に。
覚えてないどころか、思い出せもしない。
「・・・小さい頃、色々あったから・・・。」
ある意味、激動の時代である。
征樹のような状況に晒される子供は少ないだろう。
「・・・そうだよね。」
そう返事をするという事は、やはり母が亡くなる前からを知っていて、祖父母に引き取られた経緯も知っているのだろう。
「最初は・・・私も全然知らなかった。葵くんの事を知って、見かけたのは、葵くんが中学に入ってからだから・・・。でも、妹はね、それより前に知ってたんだよ?」
今ひとつ、征樹には整理しきれない。
整理出来ないはずなのに、何と質問したらいいのか解らない。
一つの質問と回答で解るような画期的な方法がないだろうかと考えてしまう辺り、征樹のコミュニケーション不足が垣間見える。
「親の離婚が決まってから、妹は母方、私は父方に引き取られて色々とあって、私も凄い寂しかったの・・・。」
翌日更新アリマス。




