第Ⅷ十Ⅰ話:ただただいる為に。
取り残されるような形に(望まずに)なった征樹は少し考えた後、結局そのまま入浴を続ける事にした。
入浴をしに来た最大の理由は気分転換なのだし、一人になったのならば当初の予定の貸切り風呂には違いなかったからだ。
「・・・強制的な気分転換にはなったけれど。」
甚だ不本意ではある。
「それは良かったわ。」
(・・・もう、この展開で驚いたりしない、絶対に。)
ゆっくりと声のした真横を見ると、白い太腿・・・そして、それを辿って行くと・・・。
「ちょっと遅れちゃった♪」
琴音である。
(どうしてここにいるのか、聞いた方がいいのかな?あぁ、何か微妙に聞いて欲しそう・・・。)
聞いた所で現状、何が変わるわけでもない、ここは素直に聞いた方が早いと征樹は判断を下す。
「どうして此処が?」 「お姉ちゃんだから♪」
やっぱり。
そう征樹は思う。
確かに現状、答えを聞いても何も変わらない。
変わらないが、逆に現状だけを受け入れるしかないという諦めしか存在していなかった。
「なんて。お部屋に居なかったら、館内の居そうな所を見て、大浴場にも声をかけたのだけれど・・・。」
要は消去法という事らしい。
「あの・・・"使用中"の札かかっていた・・・よね?」
これも無駄なのだろうと頭で理解していても、更に質問。
「だってここ、貸し切りの家族風呂でしょう?」
「えぇ、まぁ。」
「なら、大丈夫。だって、私、お姉ちゃんですもの。」
で、結局、無駄だとダメ押しされるだけの結果を突きつけられ、琴音は湯船の中に身体を沈めていく。
恥ずかしい事は恥ずかしいが、正直な所、要所要所で使われる"姉"というフレーズの方が征樹には恥ずかしい。
こうむず痒いというか、照れるのである。
反面、姉という家族的な言葉に他人と一緒に入浴するという感覚が麻痺していく。
「で、本当に気分転換になった?」
「・・・え?あ、うん。」
優しい声色に素直に答える。
「そう・・・良かった。ねぇ、征樹ちゃん?」
微笑んだまま、琴音はゆっくりと両手を伸ばして征樹の肩を掴む。
「はい。」
「無理に選択したり、決めたり、無理に線を引かなくてもいいんじゃないかしら?」
「はぃ?」
最近の琴音の言動についていけない瞬間があるのは事実だが、今のは更についていけない。
「ただ横にいる。話す・・・出来れば笑う?それだけいいんじゃないのかしら?」
肩を掴んでいる手は、何時の間にか頬に触れ、そっと彼を撫でる。
「そこに他人とか、人間関係の役割を無理に決め付けなくていいと思うの。」
(くすぐったい・・・。)
「そうね、今だけなら友情と愛情の区別もしなくてもいいわ。大丈夫、今、征樹ちゃんの傍にいる人達は貴方が必要とするだけいてくれるから。まずはそれを理解しましょう?」
何だかんだ言いながら、年長者で大人である琴音は、周りを、征樹をきちんと見ていたのだ。
最近の言動はちょっとハイテンション気味でアレだが・・・いや、ちょっとどころでなく大分アレだが。
「ん、でも、だからと言ってお姉ちゃんの座は譲れないカナ?」
そんな年長者さを感じさせない可憐な笑みを征樹に向けながら、そのまま抱きついてくる琴音。
「ちょっと、琴姉ぇ、近い!」
服という境界線が存在するならまだしも、それすらもなく直でくっつかれては、征樹はひとたまりもない。
何とか身体を捻って脱出を試みる。
「征樹ちゃん、可愛い。」
「冗談はよして下さい!」
「だぁってぇ、あんなに若いコばっかり見つめてると、お姉ちゃん寂しくなっちゃうわ。泣いちゃうかも。」
征樹が逃げ出した距離分、すり寄って来る琴音。
その距離の詰め方は、かなり的確だ。
先程、考えた"琴音お姉ちゃんキャラ(ハイテンション)説"は、征樹の中では今やもう一瞬だけの産物と成り果て始めている。
実際は、年の差的に考えて、姉という位置でしか征樹の横にいる事を選択出来ない。
そうした方が征樹にとって良いだろうと、そうせざるを得なかった女性のちょっとした嫉妬心だという事には、気づく余地も無かった。
というコトで、ここら辺で夏休み前編終了という感じで章切りしようかと思ってます、はい。




