第Ⅶ十Ⅸ話:重ならない影。
突然にぱっちりと目が開いた。
そんな自分に少し驚きながら、征樹は一つ、溜め息をつく。
今が何時なのかは自分でも解らなかったが、恐らく夜は開けているのは理解できた。
低血圧であろう自分が、こんなにすっきりと目が覚めるなんて、と首を傾げる。
それどころか、こんなにぐっすりと眠れたのは、ここ最近なかった事だ。
(・・・一度あったか。)
ふと、仰向けになっていた自分の首だけを左に向ける。
横で眠るその人を見る為に。
静流は征樹の横で未だ夢の中のようだ。
思えば、前回もぐっすり眠れたのは、彼女が横に寝てくれた時、そうぼんやりとしながら、彼女の寝顔を眺める。
(甘えてるな、僕は。)
誰かに信頼を寄せる事は無かったとは言わない征樹だったが、全幅だったり、自分に関する愚痴や恨み辛みを吐き出した事もない。
だが、それを口に、表に出さなくてもこうして傍にいてくれる。
無条件に・・・守る価値すら無い自分との約束の為に・・・。
これが甘えでなくて何だと言うのだろう?
征樹という人間は、現状をそう考えてしまう。
(それにしても・・。)
首だけ向けていた身体をゆっくりと静流を起こしてしまわぬように気を遣いながら、彼女に向き直る。
(年上とは思えない・・・ね。)
うっすらと開いた唇に静かな寝息。
静流が征樹に見出していたあどけなさや可愛らしさを、今度は征樹が静流に見出していた。
おもむろに征樹は、静流に手を伸ばす。
深い意味など全くない。
ただなんとなく・・・普段では出来ない事、彼女の頬に手をあててみる。
朝の冷えた空気に晒された肌は、少し冷たい。
布団の中にずっと潜り込んでいた征樹の手の温もりが、少しずつ静流の頬に奪われていくのが解って、不思議な気分だった。
誰かに自分の体温を移すという行為。
相手がいなければ出来ない、それも近くに、触れるくらい近くにいなければならない。
その距離に人がいるという事が、少し楽しく、そして・・・嬉しいのかも知れない。
疑問や推量の段階でしかなかったが、それは今までの征樹からしたらかなりの進歩だ。
それもこれも・・・。
「ありがとう・・・静流さん。」
そして、何て自分は扱い難い子供だろうと、少し、ほんの少しだけ反省。
(次からは少し考えよう。)
何を考えるのかは、イマイチ把握も理解もしていないが。
「・・・・・・これからも傍にいてくれるのかな・・・。」
期間は父が帰ってくるまでだったはずだ。
では、その先は?
征樹は思考する。
たっぷりと数分思考して。
「やっぱり、赤の他人か。」
うまく処理も思考の整理も出来なかったのか、はたまた彼なりの自己防衛なのか、そう毒づくと静流から手を離す。
思考してから心が冷えたのか、それとも静流の頬のように朝の冷気に晒されたせいか、少し寒く感じ始めた征樹は、再びゆっくりと体勢をそのままに後方にジリジリと下がる。
やがてベッドの端まで到達すると、蛹から羽化する如く背中から抜け出す。
完全に布団から抜け出ると、立ち上がり、まだ寝ている静流を見下ろして、溜め息。
「・・・朝風呂行ってきます。」
きっと聞こえてはいないだろうと思いながらも、律儀に声をかけて部屋を後にする。
部屋の扉が閉まる音と、シリンダー錠が回るカチャリという音が寂しく響いた後、ゆっくりと静流の瞼が開いた。
虚ろな瞳がそこにいたはずの影を眺める。
「・・・それでも・・・。」
そう小さく吐息のように言葉が漏れて、そして再び静流の瞼が閉じられる。
そして部屋には、静流だけの呼吸音だけがひっそりと聞こえるのだった。
あ・・・章割り考えてなかった(爆死)
久し振りに翌日更新がありますです、はい。




