第Ⅶ十Ⅱ話:れっど・さぶまりん。
ぶくぶくと泡が立っている。
場所は湯面、原因は奏だ。
口元を湯面に沈め、鼻から上だけが湯面から出ている。
荷物を整理して、琴音の提案通りに全員で温泉に浸かりに来た。
現在、奏の視線はちらちらと忙しく彷徨っているのだが・・・。
(世の中って・・・不公平。)
そう思う彼女の視線と同じくらいの高さに浮いているのは、3対6個の・・・胸である。
脂肪の塊であるその物体は、水に浮くというのは知識として奏も知ってはいたが、実際に間近で見るのは初めてだ。
「征樹ちゃんだけ別なのは、可哀相ねぇ。」
のほほんと琴音が述べて笑うと、浮いた胸も一緒に動く。
「・・・私達以外に誰もいないから・・・呼んじゃおうかしら?」
「ダメですっ!」
咄嗟に声を上げたのは杏奈だ。
「確かに一人なのは可哀相だけれど、お風呂の間だけだし。」
多少、琴音の一連の発言になれてきた、或いは僅かばかりながら、彼女と同じような事を感じていた静流が苦笑する。
当然、同じように胸が連動して揺れる。
「そうです!それに寝る時以外は、ずっと一緒なんだから!」
真っ赤になって反論する杏奈も、二人に比べたら敵わないかも知れないが、たぷんと揺れている。
三者三様の胸の様子(?)を見てから、自分の胸元に視線を落とすと。
(貧相・・・。)
世の中の男性は"胸が大きい方が好き"な傾向にあるというのを物の本で読んだ事がある。
実は、こっそりハストアップ術なるものに挫折した事だってある。
挑戦という話以前に挫折。
征樹が果たして、その法則のようなものに当て嵌まるかは別として、余りにも他の三人と比べて、サイズ的に奏は劣っていた。
何より・・・再びちらりと目線を動かして、静流を見る。
彼女と一緒に暮らし、毎日顔を合わせている征樹の"女性基準"が、静流だったらどうしようという何の脈絡の無い思考さえ出て来るのだ。
「そうね。どうしても一緒に入りたかったら、内風呂や家族風呂を使いましょう。」
「そういう問題ではなくて・・・。」
思わず静流は頭を抱える。
杏奈も同様だ。
「征樹ちゃんにとっては、"初めての家族旅行"だもの。盛り上げなくっちゃ。」
盛り上げる内容というか、方向性が激しく違うのは、誰が見ても解る通りだ。
「それは・・・。」
だが、"初めての家族旅行"という単語を出されると、皆、言い返しづらくなってしまう。
「それに私みたいな"おばさん"と一緒に入っても、楽しくないんじゃないかしら?って思って。」
(おばっ・・・。)
この発言には、静流が大ダメージだ。
征樹と琴音は確実に一回りは年齢差があるだろう。
しかし、それは琴音とそう年の差がないであろう静流もそう変わらない。
琴音の方が年上だが、彼女の時折見せる無邪気さや可憐さは、静流には皆無で年齢差を曖昧なモノに変えてしまう。
そんな琴音が、征樹から見て"おばさん"と言われたら、自分の立つ瀬が無い。
全く。
「静流さんとは、普段から入る事ありそうよね。」
「えっ?!」
皆の視線が一斉に静流に向く。
「な、ないないないない!」
キスや多少のチラリはあっても。
と、前置きを心の中でしつつ、ぶんぶんと静流が首を振り、湯面が激しく波立つ。
「あら。」
何が『あら。』なのだろう。
「じゃあ、二人は?」
年長組の視線が、年少組の杏奈と奏に向けられる。
「そ、そんな、征樹に、はだっ・・・だっだっ・・・見せるなんて・・・。」
ある。
それも生まれたままの姿を。
なんて、流石に言えるワケもなく、杏奈は赤面したまま湯船に沈んでいく。
ぶくぶくと泡を湯面に残して。
視線の対象の片方が沈むと、おのずとその視線は残された方へ・・・。
「わ、私は・・・問題外でびゅぅ・・・。」
散々、入浴時から精神的ダメージを蓄積し続けた奏も、今度は頭全体を湯船に沈めていった。
まさに沈没としかいいようがない。
「あらあら。」
沈んだ二人を見て苦笑する琴音だった。
一方、男湯の征樹はというと・・・。
(・・・全部、聞こえてるんだけれど。)
女湯の二人と同じく、赤面して見事に湯面に気泡の粒だけを残していた。
何か・・・征樹の存在薄い・・・。
ハーレムってこんなものなのかっ?!(苦笑)




