第Ⅵ十Ⅶ話:他の誰が何と言おうとも。
少し厚くなってきた夏も間近と思える日差しの中、征樹達三人の前に日傘を差した人影。
「また迷子にでもなっていたら、コレをあげようと思ったのに。」
白いロングのスカートに白いブラウスのその人は、征樹の前に手の平より小さい袋を振って見せた。
「ポケットの中にはビスケットがひとつ♪」
そう笑ってみせる目の前の人物に征樹は・・・。
「叩いたら増えたりします?」
彼の質問に日傘を少し傾かせる。
「割れてもいいのなら。」
日傘の中から、見た事のなる栗色のウェーブがかかった髪と笑顔がこぼれる。
「ッ?!」
次の瞬間、征樹は自分でも驚く程強い力で腕を組んでいた二人を振り解き、帰ってきた女性に駆けていた。
「琴姉ぇッ、琴姉ぇッ!」
自然と涙が溢れる。
「あらあら、前より甘えん坊さんになっちゃったのかしら?」
にっこりと微笑む琴音は、征樹を腕の中に迎え入れ、彼の頭を優しく撫でる。
路上に転がる日傘。
「ごめんなさい・・・僕は・・・。」
素直に自分の非力さを認めた、嫌という程に解らされた事、何も出来なった事を征樹はどうしても謝りたかった。
彼女はあんなにも、他人だった自分に歩み寄ってくれたというのに。
「ううん、謝るのは私。折角、征樹ちゃんが色々話してくれるようになったのに。急にいなくなったりして・・・。」
征樹と引っ越す事で別れた後、琴音はずっと考えていた。
もしかしたら、征樹は今回の事でまた大人を、人を信用出来なくなってしまうのではないだろうかと。
自分もまた彼の手を払いのけた人間の一人になってしまったのかと。
征樹の傷ついてしまうだろう心を心配した。
「違う・・・あれは、あれは、僕が・・・。」
でも、そうではなかった。
彼はこんなにも自分を心配して、そして待っていてくれたのだ。
それが素直に嬉しかった琴音は、征樹にその言葉を最後まで言わせず、代わりに彼を強く抱きしめた。
「ただいま、征樹ちゃん。」
征樹と再会したら、必ず言おうと決めていた言葉を述べる。
「おかえりなさい・・・その、もういなくならない・・・よね?」
何時もの征樹では考えられないような言葉だが、既に征樹は一度、今回で二度経験しているのだ。
"親しい人が目の前からいなくなる"事を。
しかも一度目のそれは、もう二度と逢えない人なのだから。
「"弟"を見捨てていなくなるお姉ちゃんなんて聞いた事ないわ。そうでしょう?」
精一杯の笑顔を、彼に。
「・・・よかった。」
きっとこれ以上、同じような追体験をしたら、征樹の心は確実に病んでいただろう。
今まで出会った近しい人、"一人"を除いて誰が欠けても。
「・・・誰?」
その"一人"である奏が疑問の声をあげる。
征樹は彼女を"姉"と呼んだが、彼は一人っ子だ。
年の離れた姉などいるわけがない。
となると、親戚か何かだというのが有力だが、征樹は親類とはほとんど交流を持っていない。
特に母方とは皆無だ。
本当に一体、何者なのかと奏は思わず答えを求めるように呻いていたのである。
「お姉さんよ、誰が言おうと、あの人は征樹のお姉さん。」
その答えに多少の嫉妬の感情を込めながら、今度は杏奈が呟く。
どうしても嫉妬してしまうのだから仕方が無い。
自分はよっぽど征樹の事が好きだという表れだ。
でも、それでも杏奈は今、征樹が笑顔になる回数が更に増えるだろう事を喜ばずにはいられなかった。
(でも、やっぱり妬けちゃうかなぁ・・・。)
そこは恋する乙女心、複雑なのはどうしようもない。
ようやく、皆さんのお待ちかね(?)の琴音お姉さんの復活ですよ~。




