第Ⅵ十Ⅵ話:フラグが立ったらイベント発生?
「奏先輩?」
征樹と杏奈の帰宅時の会話風景を観察していた奏にかけられた声。
「ん?気にしないで続けて。」
私も観察を続けるから。と、心の中でつけ足す。
今まで、このにわか幼馴染である杏奈は奏にとって、鬱陶しい程に目障りだが、最近は更に目障りだった。
何より奏自身が征樹に声をかけようとタイミングを見計らっている時には、必ずいるのだ。
そして、警戒の眼差しで自分を見てくる。
思った以上に手強いのだ。
「あぁ、杏奈、"例の話"だけど?」
(例の?)
具体的に話さないのが怪しいと奏は思う。
「例って?」
「テスト明けの。」
テスト明け?
これはもしかして、もしかしなくても・・・。
(デートプラン?!)
奏の予想はあながち間違いではない。
「海に行こうかなって・・・。」
「海?!」 「海に?!」
一人だけブッチギリにマイペースで冷静という、もはや定番になりつつある征樹に対して、ヒートアップする二人。
何処かに行けたらいいなという程度で言ってみた発端の杏奈も、まさか海という夏の二大ステージが用意されるとは思ってみなかったし、すっかりデートプランだと考えている奏にとっても驚きのステージだ。
大体、"夏の海"などというフレーズで何も起こらないハズがない。
これが二つの共通認識。
「うん、で、水着はどうするのかなって。」
水着。
どんなイベントフラグ、どんな攻略難易度なんだ、万歳!と叫びそうになる杏奈。
思考はもはや正常ではないのは、わかる通りだ。
「水着かぁ・・・。」
「今度、静流さんと買いに行くって話になったんだけど、どうする?」
「静流さんも一緒なの?」
てっきり二人きりで海へ行けると思っていただけにがっくりとする杏奈だったが、思考を正常に戻せば確かに保護者は必要だと考え直す。
「初めてだな、旅行なんて。」
(あ・・・まぁ、いっか。)
旅行に思いを馳せ、そう漏らす征樹の言葉の意味を正確に捉えた杏奈は、そこで妥協する事にした。
楽しみに思ってもらえるなら、それでいい・・・。
何より、この隣にいる女に対して一歩先に行けているのだから。
「行く行く~。なんなら征樹に私の水着選ばしたげるよ♪」
明るく笑いかけながら、さり気なく自分の腕を征樹に絡め、これ見よがしに奏に見せつける。
「遠慮しとく。」
征樹の返事は予想通りのツレないものだったが、腕は振り解かれなかったので、杏奈としては充分満足のいくレベル。
次は水着だ。と、杏奈は思う。
流石に静流相手にスタイルで勝てるとは思っていないし、かといって不戦敗は嫌だ。
そこは女のプライドとして譲れないものがある。
いっその事、スクール水着なら、静流も着られないと思ったが、それは諸刃の剣。
第一、征樹にとっては授業で目にする水着だ。
刺激的でもマニアックでもなんでもない。
旧スク水なら別だが。
それは自分が遠慮したい。
「ねぇ、征樹はどんなのが好み~?」
「知らない。第一、杏奈が着るものだろ?」
確かにその通りだ。
的確過ぎて、つまらなさを通り越している。
「いいなぁ・・・。」
思わず本音が奏の口から漏れる。
「奏先輩は、夏の予定は無いの?」
「え、うん・・・。」
「あぁ、受験生だからなぁ。」
来年は我が身だというのに、人事のような征樹。
「一緒に息抜きします?」
(あぁ、もぉ~・・・。)
「本当?!」
このような事も含めて、征樹に近づけないように杏奈はしていのだが、やはり徒労に終わった。
「じゃ、私も行きます!」
ぎゅっと目を閉じて、征樹に体当たりしそうな勢いで彼の腕を取る。
奏にとっては、非常に勇気が必要というか、清水の舞台から飛び降りるくらいの覚悟だ。
(むっ。)
当然、杏奈は面白くない。
キッと奏を睨む杏奈だが、当の奏だって負けてない。
ちょっとした睨み合いと火花が二人の間に散る。
「・・・二人とも動きづらい。」
面倒だと溜め息をつく征樹。
彼には二人が何故、このような行動に出るのかなど、皆目検討もつかないのだから仕方が無い。
ただ、彼のこのスタンスは当分変わる事はないのだろう。
「もう迷子にはならなさそうね?」 「えっ・・・。」
懐かしいフレーズに征樹の身体が固まる。
懐かしいと感じる程、昔の事ではないのに酷く時間が経ったような気がする。
ずっと聞きたかった。
忘れる事はなかった、出来なかった声。
一番会いたかった人。
征樹は、ゆっくりと声のした方に顔を向ける・・・。
日曜更新ガンバリマス。




